[ Call My Name ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
巴里デート

 巴里市内には人々の重要な交通手段としていくつもの駅が点在している。その一つに、朝早くから東洋人の青年の姿があった。
 彼はもうすぐ到着する列車を三十分前...いや、その人が巴里に来ると手紙を送ってきた日からずっと待ち焦がれていた。
 その列車は定刻より十分遅れてホームへと滑り込んできた。
「ようこそ、パリへ」
 客車から降りてきた彼女を抱きしめ、大神は微笑みを見せる。
「待っていたよ、マリア」
 その言葉にマリアも華が咲くような笑顔を大神に向けた。

「...凄いですね」
 マリアは青い空にそびえるように立つ鉄塔を見上げて感嘆の声を零した。
「巴里万博の時に建築された空にかかる橋だからね」
 大神も彼女の隣に立ち、上を見上げる。有名な建築家が空にかけた鉄の橋は、完成当時『醜悪』とも言われ悪評も少なくなかったが、今では立派な巴里の観光名所の一つである。
「しかし、暑いですね」
 マリアはじりじりと上がってきた気温に日陰のベンチに座ると、息を吐いた。
「ああ、今日は特に雲ひとつない天気だしね。マリアの日頃の行いが良すぎたのかな」
 大神はからかう様に言って、マリアに露店で買ってきたアイスクリームを差し出した。それを受け取りながら、マリアは拗ねた顔をしてみせる。
「もう...からかわないでください。大体、私はもう少し涼しい方が好きです」
 ここには二人を邪魔する人間はいない。その事が無意識にマリアの警戒を解いているのだろう。子供のような彼女の様子に、そしてそんな彼女が好きでたまらない自分に、大神は笑いを零していた。
「......何を笑っているんですか?」
 ますます口を尖らせてマリアは隣に座っている大神を睨んでくる。
「いや...俺はマリアが好きなんだなって、再確認してたんだよ。それより早く食べないと、アイスが溶けてしまうよ」
「もう、知りません!」
 完全に拗ねてしまったマリアはソッポを向いてアイスを口に運んだ。
「おいしい?」
 大神の問いにも答えずにマリアは黙々とアイスを味わう。
「......しかたないなぁ」
 その大神の呟きにマリアは、どちらがですかと言いたかったに違いない。振り向いた直後に口を塞がれさえしなければ。
「うん、おいしい」
 マリアの唇についていたアイスクリームを味見した大神は満足げに頷いている。一方、マリアの方は何も言う気力を無くして大人しくアイスを口に運ぶ事にした。顔を真っ赤にしながら......

 休憩を終えた二人は、観光客に混じってクレベール通りをのんびりと歩く。やがて前方に凱旋門が見えてきた。
 巴里市民から星、エトワール広場と呼ばれているここは、その名前の由来どおり凱旋門を中心に合計十二本の大通りが放射状に広がっている。
 二人は、その一画にあるシャンゼリゼに面したカフェに入って少し遅めの昼食を採ることにした。
「隊長がこんなお店をご存知とは知りませんでした」
 そうマリアがいうほどに洒落たカフェで、大神は常連らしき様子でマスターに軽く手を振っている。
「アパートから近いからね。休みの日によく来るんだよ」
「自炊されていると聞きましたが?」
「.........一人で食べる食事はとっても寂しいんだよ、マリア。ここならまだ人と話が出来るからね」
 大神は運ばれてきたサンドイッチに手を伸ばしながら、ため息と共に言った。
「帝劇が懐かしいよ。あそこでは静かな食事を求める方が難しかったからなぁ」
「隊長も言うようになりましたね。みんなが聞いたら怒りますよ?」
「う、...マリアが言わなければ分からないさ」
 一瞬、さくらやすみれの怒った顔を思い出した大神は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「口止め料は高くつきますよ」
「マリアも人が悪くなったなぁ......。由里君みたいだ」
「人が悪くなったと言っても、隊長の百分の一くらいです」
 しれっと答えておいてマリアは運ばれてきたワインに手を伸ばした。

 運ばれてきた料理は十分に満足のいくもので、食事の合間も二人は会話を楽しんだ。
「隊長はいつもこんな美味しい物を食べているんですね」
「その代わりに晩御飯はあまり期待しないでね」
 悪戯っぽく言う大神の言葉にマリアは目を丸くする。
「俺が作るから」
 大神はしてやったりという顔で伝えた。
 その夕食の買出しにと、二人は市場へ向かった。どこの国でも市場は活気があって面白いものだ。
「うわぁ...、美味しそうなものばかりですね」
 特に料理の好きなマリアには目を惹くものばかりだった。日本では手に入りにくいものも並んでいる。
「出来るだけ日本の味を再現したいと思っているんだけど、なかなか上手くいかなくてさ。特に米の飯とか味噌汁とか...」
 肩を竦める大神に、マリアは微笑んだ。とっておきのお土産を彼女は持ってきていたのだ。
「やっぱり。そうではないかと思って、日本からお米とお味噌を持ってきました。少しなんですけど」
「うわぁ! ありがとう、マリア」
 大神は目を輝かせ、彼女の心遣いに感謝した。
「早速、夕食に使いますか?」
「...いや。明日の朝食にしよう。今晩はこっちで憶えた料理をマリアにご馳走したい」
 大神は改めてマリアの手を握りなおすと、市場の中を歩き出した。

 大神のアパートは先程のカフェに程近い所にあった。
「散らかってて申し訳ないんだけど」
 そう言って招き入れられた部屋は、広くはなかったがきちんと片付けられていた。
「へぇ、綺麗な部屋ですね」
「はは...この二日かけて綺麗にしたんだ。よっほど酷い片付け方だったんだろうね、昨日その荷物を届けてくれた人は目を丸くしてたよ」
 そう言って大神が指し示した先にはマリアが送っておいた荷物が置かれていた。
「よかった、ちゃんと届いていたんですね」
「うん。中身を確かめておいたら? その間に俺は料理に取りかかるからさ」
「はい」
 マリアは大きな荷物をソファの前まで引きずっていき、中身を確かめていく。よかった、
 ちゃんとお米もお味噌も入っている。
 この二つを持っていくことを決めたのは、かえでのアドバイスだった。

「お米とお味噌...ですか?」
「そ。欧州では手に入らないから、持っていったら大神君きっと喜ぶわよ。私も姉さんが来るたびに頼んでいたもの」

 ありがとうございます、かえでさん。
 マリアは心の中でそっとお礼を言った。
「マリア? どうしたの?」
 何も音がしなくなったので不審がった大神がキッチンから顔を出した。
「...いえ。はい、これ。お米とお味噌です」
「やった。明日はご飯にお味噌汁だね」
 大神は喜色満面でその二つを大事そうに抱えてキッチンへ戻っていく。

 夕食は満足いくものだった。
「隊長、また腕を上げられましたね」
「そうかい? よかった。自分しか味をみる人がいないからさ。おいしくなかったらどうしようかと思ってたんだ。...それで、マリア。ひとつ言いたい事があるんだけど」
「はい、何でしょうか? 隊長」
 改まった大神の態度に、マリアも思わず姿勢を正した。
「...いつまで『隊長』って呼ぶの?」
「っ......」
 その言葉にマリアは首まで真っ赤になって俯いてしまった。大神はニコニコと笑って待っている。
「......」
 今まで二人きりの時には名前で呼んでいたのに、改めて言われると緊張してしまう。
「大神...さん......」
 それだけを口にするだけでも、気の遠くなるような時間がかかったような気がする。
「よかった。やっと呼んでくれた」
 大神はとろけそうな笑顔になると、マリアの手を優しく包んだ。
「せっかくの二人きりなのに、マリアずっと『隊長』って呼ぶんだもんなぁ...」
「す、すみません...」
 すまなそうに言うマリアに大神はくすっと笑いを零した。
「謝らなくていいよ。ちょっと俺が拗ねてるだけだからさ」
 マリアの手を取ったまま彼女の隣に立ち、抱きしめる。
「久し振りにゆっくり飲みながら話そう。ここであった事を教えるよ。マリアは帝劇であったことを教えてくれる?」
「はい、大神さん」
 そっと口づけを交わして、二人は微笑み合った.........