[ First... ]

『Final Fantasy V』
バッツ×ファリス。初めての。

 風が穏やかに吹き始めて、髪をふわりと揺らす。丘の上に立った青年は、その風に気持ちよさそうに目を細めた。
 青年の名は、バッツ・クラウザー。
 クリスタルの祝福を受けた光の戦士の一人である。一年前のエクスデスとの戦いの後、しばらくは故郷のリックスにいたのだが、今は再び世界を放浪している。
 その彼のいるこの丘からは、遠くにタイクーン城を望む事が出来る。近くに寄れば、圧倒されそうな城壁もここからでは森に埋もれてしまっていた。かつて飛竜がその翼を休めた天守閣だけが威風堂々とした姿を見せている。
「さて...行くか」
 そんな城の様子を眺めていたバッツは微笑を浮かべて歩き出す。
 彼が去った後も風は優しく丘の上を渡っていた。

 半年ぶりに現れた彼を見つけたタイクーン城の入り口を固めていた兵士たちは、すぐに王女たちへと伝えた。
「バッツが!」
 今日はどうやって逃げ出そう。窓の外を見つめながら、そんな事を考えていた紫色の髪を持つ王女は、執務室に詰めていた妹から教えられて椅子を蹴るように立ち上がった。

「バッツ!」
 廊下を走ってくる二人...いや、一人は前を走っている姉を追いかけている。
「元気そうなのはいいけど、大臣殿が渋い顔をしてるぞ」
 変わっていない彼女たちを見つめ、バッツはそう言って苦笑いを零した。
「あ......」
 バッツを案内していた大臣と目を合わせた彼女は困ったように小さく笑った。

「元気そうだな、バッツ。それで、いつまでここにいられるんだ?」
 応接室に移動して早速話し始める。
「しばらくはいるつもりだ。お邪魔でなければ」
「勿論、大歓迎だよ。な、レナ」
「ええ」
 レナは嬉しそうな姉の言葉に頷いた。
「よかったわね、姉さん。これで明日のパーティで変な人に言い寄られなくてすむわよ。バッツに側にいてもらえばいいんだもの」
 レナはからかう様に言って、にっこり笑った。
「な!」
「俺なら構わないぞ。...姫様がお嫌でなければですが?」
 バッツもレナに倣う。大げさに一礼までしてみせる。
「! ...部屋に戻る!」
 二人にからかわれた彼女は、少し乱暴にカップをソーサーに戻すと足早に部屋を出て行ってしまった。
「...やれやれ。本当に変わってなくて嬉しいな」
 カップの中身を一気に飲み干すと、バッツは苦笑いしながら立ち上がった。
「ちゃんと姉さんの機嫌を直してきてね、バッツ」
 レナも苦笑しながらカップを手にとった。
「それから、夕方にはクルルもくる予定なの。夕食は一緒に、って伝えておいてね」
「はいはい。じゃ、また後で」
 バッツは軽く手を振って、応接室を後にした。
「...二人が早くくっついてくれないかしら。そうしたら、少しは私も楽になるのに...」
 レナは執務室の片隅に積んである姉への求婚者たちから送られてきた手紙の山を思い出し、ため息をついた。

 バッツは一際豪華な扉の前に立った。そして、息を整えて軽くノックする。
「...誰だ?」
 返ってきた声は不機嫌そのもので、バッツは思わず笑いそうになった。
「開けてくれないか?」
「...質問に答えてないぞ」
 なんとか笑いを抑えて言ったのに、答えは素っ気無い。バッツはその答えに小さくため息をついた。
「俺の声なんてもう忘れたって言うんだな。ファリス」
 そう言って五秒も経たないうちに、扉が開く。
「忘れる訳ないだろ!」
 バッツのマントをぎゅっと握って叫ぶように言う彼女に、バッツは微笑を浮かべて答えた。
「俺もファリスの声を忘れた事はないよ」

「で、明日のパーティって何?」
 バッツは部屋の中に置かれたソファに寝そべりながら聞いてみる。
「お見合いパーティだよ」
 反対側のソファに座ったファリスは、肘掛にもたれかかって疲れたような声で答えた。
「お見合い...?」
 バッツは目を丸くして彼女を見つめる。
「それって...、ファリスのか?」
「みたいだな」
 人事のように話すファリスは、うんざりしたという表情だ。以前にも時々開かれていたが、最近は特に多い。
「俺、まだ結婚なんてするつもりないのに...」
 ファリスはため息と共に呟きを零した。
「...そうか」
 相づちを打つバッツの声は何故か少し沈んでいた。
「バッツ、明日はそういう事でよろしく頼むな」
「さっきも言っただろう? ファリスが嫌じゃなかったら、俺は構わないよ」
 バッツはファリスを見上げて微笑んだ。
「それに......」
「? それに、何だ?」
 言いよどんだバッツにファリスは首を傾げた。
「いや...夕方にはクルルも来るんだと。レナが一緒に夕食にしようってさ」
 バッツは軽く頭を振って、さきほどレナに頼まれた伝言を伝えた。
「クルルもくるのか! 久しぶりに四人が揃うんだな」
「そうだな」
 素直に笑顔を見せたファリスに、バッツもつられるように微笑みを浮べていた。

 夕方、予定通りにクルルが飛竜で姿を現した。
「いらっしゃい」
「よく来たな、クルル」
 レナとファリス、それにバッツに迎えられたクルルは嬉しそうに飛びついた。
「元気そうだな」
「バッツも元気そうだね。でも、どうしてここに...? ははあ...さては、ファリスに舞い込むお見合い話が気になった?」
「クルル!」
 ファリスの声を無視して、クルルはバッツにニッコリ笑いかけた。
「偶然に決まってるだろ。偶然! バッツはさっきまで知らなかったんだからな」
「そうなの?」
 クルルの問いかけに、バッツは苦笑を浮べながら頷く。すると、レナが笑ってこう言った。
「そうなのよ、クルル。これはきっと『運命』ってやつね」
「そうだね、レナお姉ちゃん」
「...お前ら、俺をからかって楽しんでるだろ?」
 頷きあっている二人をファリスは半眼で睨みつけた。以前、この瞳で睨まれた海賊たちは背筋を冷やしたものだが、この二人には通用しなかった。
「そんなことはないわよ、姉さん」
「そうだよ、ファリス」
 息のあった答えにファリスは肩から力が抜けていくのを感じた。
「二人ともそれくらいにしといてくれよ。せっかく、俺が泣きついて機嫌を直してもらったばかりんだからな。それより、早く飯にしようぜ。俺はさっきから腹の虫が鳴いてるんだ」
「は?い」
 レナとクルルはこれ幸いと、階下へ降りていってしまう。
「バッツ!」
 まんまと二人に逃げられたファリスは、後ろにいたバッツを振り返った。
「ファリスも。久しぶりに皆で会えたんだ。そんなに怒るなって」
 バッツはまるで子供を宥めるように、彼女の背中を軽く叩く。
「...んだよ、その理由」
 そう言いつつ、ファリスは微笑んでいた。
「俺たちも行こう。あんまり遅いと、また二人にからかわれそうだ」
「だな」
 二人は並んで階段を降りていった。実はレナとクルルが階段の下で聞き耳をたてていた事を二人は知らない。

 そして次の日は朝からパーティの出席者が続々とタイクーン城へやってきていた。午後になって、ますます人は増える一方である。
「今回はますます気合入ってるって感じだね」
 その様子を城壁の上から見ていたクルルは、感想ともつかぬため息をついた。
「そうなのか?」
 一緒に見ていたバッツは、あまりの人の多さに驚いているところだ。ちなみにレナとファリスは王女として今夜のパーティの準備に追われている。
「うん。だって、ファリスって美人だもん。光の四戦士の一人だし、タイクーンって結構大きな国だし、それに......なんたって、あの人たちはファリスの本性知らないし」
「...なるほど」
 クルルの言葉にバッツは苦笑いを浮かべた。確かにその通りだ。公式な場では、完璧に特大の猫を被っているらしい。バッツはあちこちで聞いたタイクーンの王女の噂を思い出した。
 曰く『類い稀な美貌で、聡明な眼差しの、淑やかな』王女。聞いた時は、驚きを通り越して唖然とした。『類い稀な美貌で、聡明な眼差しの』までは頷いて聞いていたのだが、最後の『淑やかな』には、耳を疑って三回も聞き直してしまった。
「バッツ殿、レナ姫様がお呼びです」
 その時、一人の兵士がバッツを呼びにやってきた。
「わかった。クルル、悪い。ちょっと行ってくる」
「うん。また後でね」
「ああ」
 バッツが兵士と一緒に城内に消えると、クルルはもう一度招待客の列を見下ろした。
「この上ない無駄な努力してるんだよね......この人たち」

 日が沈む頃、盛大なパーティの幕が開く。女性陣三人はドレスを身にまとって、中庭に設けられた会場へやってきていた。
「やっぱりファリスって美人さんだよね」
 少し遅れて現れたファリスをクルルは見つめて感嘆の呟きを零した。
「そうか...? でもやっぱり動きづらいんだよな、これ」
 他に人目がないのを確認したファリスは、ドレスの裾を引っ張る。
「こっちのマントだって大して変わらないぞ、ファリス」
「あ、バッツ。遅いよ?」
「悪い悪い。こんな格好は初めてだからな、手間取った」
 振り向いたファリスは盛装をしているバッツに目を奪われてしまう。彼は青を基調とした礼服を身につけ、騎士のようにマントを羽織っていた。
「バッツ...か?」
「ああ。『馬子にも衣装』だろ?」
 呆けているファリスに、バッツはそう言って肩を竦めた。
「だって、旅装のままパーティに出席するわけにはいかないでしょ? それに姉さんの隣に立つんだから、それ相応の格好をしてもらわないと困るの」
「わかってるって。だから、ちゃんと着てるだろ」
 レナの言葉にバッツはマントを両手で広げて見せた。
「じゃ、バッツ。姉さんの事はよろしくね」
「レナお姉ちゃん、いこ!」
 レナとクルルは二人に手を振って、ダンスの始まった会場へ行ってしまった。
「さて...どうしますか? 姫様」
「人のいないところでのんびり酒が飲みたい」
「......言うと思った」
 王女らしくない口調で言われ、バッツは嬉しそうに微笑んだ。
「行こう」
 バッツが差し出した手に、ファリスは素直に掴まった。
 手に引かれてやってきた所は、中庭の外れにある東屋だった。
「バッツ...?」
「大丈夫。ちゃんと用意しといたから」
 バッツは少し離れた植え込みの中から大きな袋を取り出してくる。
「この間、ルゴルに行ってきたんだ。それで大量に買ってきた」
 袋の中からは銘酒と呼ばれる酒の瓶が出るわ出るわ。ファリスは目を輝かせて訊ねた。
「飲んでいいのか?」
「勿論。そのために買ってきたんだぜ?」
 バッツは城の厨房からくすねておいたというグラスを二つ取り出して酒を注ぐ。
「それでは、久しぶりの再会に」
「乾杯!」

 しばらく、二人で杯を重ねたところで、ふとバッツは思い出したようにポケットの中から小さな箱を取り出した。
「何だ? それ」
 バッツは黙ってそれをファリスに差し出す。
「俺にか?」
「ん...」
 頷くバッツにファリスはグラスをテーブルに置いて、それを受け取った。箱には蒼いリボンが巻かれている。
「開けてもいいか?」
「ああ」
 リボンを解いて、包み紙を開く。中身を目にしたファリスは思わず動きを止め、バッツをまじまじと見つめた。
「これ...なんで...?」
 そこにあったのは、銀で出来た指輪だった。華美な装飾がされている訳ではない。かといって無骨なものではない。ファリスによく似合う、蒼い石の嵌め込まれた指輪だった。
「ん...今回の目的は、それをファリスに渡す事だからさ。お前に似合うと思って」
 バッツは照れくさそうに笑って、グラスを傾ける。
「もらってくれないか? そんなに大したものじゃないけど...」
「そんな事! そんな事ない。大切にする」
 ファリスは指輪を見つめて嬉しそうに笑う。
「そっか......で? どこの指にはめてくれるんだ?」
「え......? ええっ...!」
 困った声を上げて、ファリスはバッツの言葉に自分の指と指輪を見比べる。
「...バッツはどこがいいんだ?」
 しばらく唸っていたファリスが反撃を仕掛けてきた。
「俺?」
「そうだよ。バッツはどこにしてほしいんだ?」
 ファリスは上目遣いにバッツを覗き込んだ。
「.........サイズが合うところ」
 彼の言葉にファリスは一本ずつ指にリングを試していく。
「あ......」
 それは測ったように薬指に嵌った。
「やっと出来て渡そうと思ってきてみたら...『お見合い』だとか『まだ結婚はしたくない』とか...。渡すの止めようかと思ったんだけどさ」
 バッツは小さく笑った。
「俺がファリスを好きな気持ちは変わんないから。やっぱり渡そうと思って」
「......ずるい」
 言いたい事を言い終えてさっぱりした表情のバッツとは対照的に、ファリスはそれだけを呟いて俯いてしまった。
「ファリス?」
 心配になったバッツが彼女の隣に寄って、顔を覗き込んだ。すると......
「なっ...!」
 彼は口元を押さえて、声を上げる。今、確かに......キス、された。
「仕返し」
 落ち込んでいると思った彼女はニヤリと笑って、バッツを見つめている。
「何の!」
「俺だって、ずっとお前の事が好きだったのに。お前ばっかり、ずるい」
「......参った。降参」
 可愛すぎるファリスの言葉に、バッツは思わず額に手を当てて天を仰いでいた。
「しばらくはいるんだろ?」
「ああ。お前の側に...な」
 もう一度、今度はバッツからファリスへ口付けを.........

<おまけ>
 次の朝。ファリスは部屋の扉からこっそりと外へ出た。
「姉さん」
「な、ななな何だ? レナ」
 それを待っていたかのようなタイミングで背後からかけられた声に、ファリスは驚いて振り向いた。
「...あからさまに怪しいわ、その態度。という事は?、バッツから愛の告白でもされた?」
「な、ななにを...?」
「ふふふ...その指輪。どうして、サイズがわかったと思う?」
 レナはファリスの薬指にはまった見慣れない指輪を指した。
「これ......どうして?」
「私が測ってバッツに教えてあげたの」
「何ーぃ?」
「姉さんが寝ている間に、こそっとね」
「あああああ......」
 また弱みを握られるファリスでした......