[ Graceful World ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
引越しマリア

「マリアさん、お手紙が来てましたよ」
 朝、食事を終え部屋に戻ろうとしていたマリアは由里に呼び止められ、足を止めた。
「手紙?」
「ええ。横浜からみたいです」
 マリアは裏を見て、微笑みを浮かべる。
「ありがとう、由里」
 届けてくれた彼女に礼を言うと、部屋へと歩き出した。

 手紙は横浜の知人からの引越し通知だった。
 そこには新しい住所と一緒に、少しは尋ねて来いという文面が書かれていた。
「引越し...ね」
 マリアは以前、自分が引越しを行った時の事を思い出した。
 紐育からの引越し―――。

 まずは、部屋を片付けなくてはならなかった。
 日本へ行くと言ってから、マリアは自分の部屋にあった荷物を片付け始めた。
 元々、祖国から持ち出してきた荷物は数少ない。ここニューヨークに渡ってきてからも大した買い物はしていない。
 衣類や銃の手入れのための道具、それらをまとめても小さなトランク一つで十分だった。
 そのはずだったのに......
「マリアなら、こっちの服も似合うんじゃないかしら?」
「...あやめさん」
 引越しをする原因を作った張本人に連れ回されて、マリアは疲れた顔を見せた。
「どうして、これから引越しをしなくてはいけない私が、服を買わないといけないんですか?」
「だって、あなたほとんど服を持ってないじゃない? それに日本には外国人のサイズの服を置いている店は少ないのよ。せっかく、これだけ揃う所にいるんだから買っておかないと」
 そう言ってあやめは楽しそうに買い物を続けている。
 普通、引越しの時の荷物はいかに少なくするかにかかっているかと思うのだが......
 マリアは嬉々として買い物をしているあやめに、そっとため息を零した。
 結局、その殆どを荷物を増やしたくないと言って断ったマリアに、あやめは残念そうな瞳を向けながら自分の泊まっているホテルへと帰っていった。
 彼女の乗り込んだタクシーを見送り、マリアは自分の手に持った紙袋を見つめ、今日何度目かのため息を吐いた。

「マリア、いるかい?」
 マリアは扉を叩く音に、過去の記憶から戻ってきた。
「はい」
 ドアを開いて大神を招き入れる。
「ちょっと時間、あるかな? かえでさんに頼まれた買い物があるんだけど、俺じゃよくわからないから......」
 今日の午後にかえでが会う予定になっている人へのお土産物を買って来いと言われたのだが、何を買って来ればいいのか、彼にはさっぱりわからなかった。
「一緒に来てくれると嬉しいんだけど...駄目かな?」
「勿論、構いませんよ」
「よかった。じゃあ、玄関で待っているから」

 マリアが準備を整えて玄関へ向かうと、既に大神が待っていた。
 彼は青い空を見上げて、口元に優しい笑みを浮かべていた。
 その笑顔はマリアをいつだって幸せな気分にしてくれる。
「隊長」
 声を掛ければ、空に向けられていた笑顔が、彼女の方を見つめる。
「マリア。今日はいい天気だよ」
 これから遊びに行く子供のような大神。
「隊長、遊びに行くんじゃないんですよ?」
「それはそうだけど、雨よりはいいだろう?」
 軽くたしなめるように言ったマリアの言葉は、大神には通用しなかった。
「さ、行こう」
「はい」

「そういえば、さっきは何か考え事でもしていたの?」
 土産物を選び終えて帰る途中、大神はふと思い出してマリアに尋ねた。
「え?」
 さっきとはいつの事だろう? マリアは思い当たらず首を傾げる。
「さっき俺が頼みに行った時」
「ああ、あの時は知人からの手紙を読んでいたので......」
 あの時の事かと、マリアは答えた。
「そうか。どんな手紙だったか、聞いていいかな?」
「引越しをしたので、その連絡です。それと、たまには遊びに来いと。大神さんも知っている人ですよ?」
「あ、もしかして横浜のバーの?」
 大神は、以前マリアに連れて行ってもらったカフェバーを思い出す。
「はい」
「それは是非また遊びに行かないとね。一緒に行ってもいいかな?」
「大神さんさえ、よろしければ」
「やった」
 大神は荷物を抱えなおしながら、満面の笑みを浮かべる。
「それで?」
「え......?」
「何を考えていたの? その手紙を読んで」
 にっこりと笑う大神に、マリアは敵わないと思う。
 この人には、どうしてわかってしまうのだろう。
「......あやめさんの事を」
「あやめさん......?」
 随分と口にしていない名前だった。
 忘れた訳ではない。
 それでもこの名前を口にする事は滅多になくなってしまった。
「ええ。紐育から引っ越してくる時に、あやめさんのお陰で荷物が倍に増えてしまったんです。その時のことを思い出してしまって......」
「そう......どうして?」
「日本には私にあうサイズの服が少ないからと言って。何とか止めさせようとしたんですけど、両手いっぱいに紙袋をぶら下げて家に帰ることに......」
 マリアの話を大神は笑いをこらえながら聞いていた。その時の様子が目に見えるようだった。
 嬉々として洋服を選んでいたであろうあやめと、憮然とした表情でついていくマリア。
「そ、そうなんだ......くくっ」
「笑い事じゃありません」
「ご、ごめん」
 謝りながらも大神は笑いが止まらなかった。
「......もう知りません」
 笑いが止まらない大神を置いて、マリアは歩き出す。
「あ、待ってよ。マリア」
「知りません」
 背筋を真っ直ぐ伸ばして歩くマリアと、それを追いかける少し情けない大神。
 それを見つめる大天使の優しいまなざしを、彼らが知ることはない――――