[ HINC OMNE PRINCIPIUM ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
大神を迎えに来るのがマリアだったら?

 春。上野公園には無数の桜の花びらが舞い散り、視界を薄紅色に染めていた。
 大神は花小路伯爵からの辞令を受け、ここへやってきた。
『帝国華撃団花組』
 帝都を守る特殊部隊。まさか士官学校を出たばかりの自分が、その部隊の隊長に任命されるとは思ってもいなかった。
「しかし...」
 大神は辺りを見回し、首を傾げた。
「本当にここでいいんだよな?」
 周囲には花見を楽しむ市民が溢れており、それらしい人物は見当たらない。再度時計を確認した大神が顔を上げたとき、視界の端を異質な色がかすめた。
 春の暖かい日差しの中、その――黒いコート姿はひときわ際立って見えた。しかし、それ以上に彼の目を惹いたのは、その人物自身だった。
 遠めに見てもよく分かる金の髪。何故か大神をじっと見つめている碧の瞳。
 その人は、まっすぐ彼の方へ向かってきていた。
「大神一郎少尉ですね?」
「はい。失礼ですが、あなたは?」
 姿勢を正し、まっすぐ相手の目を見つめる。
「お迎えにあがりました。帝国華撃団花組、マリア・タチバナです」
 彼女は軽く敬礼して名乗った。
「帝国海軍少尉、大神一郎です。どうぞよろしく、マリアさん」
「私はあなたの部下なのですから、呼び捨てで構いません。では、大帝国劇場へご案内いたします」
「劇場...?」
 大神はマリアの口から出た言葉に目を丸くする。
「こちらです」
 マリアは大神の疑問に答えようとはせず背を向け歩き出した。
 大神は置いていかれないように、急いで彼女の後を追う。
「すまないが......説明をしてくれないか? 何故、劇場に行かなくてはいけないのか?」
「申し訳ありませんが、その質問には答えられません」
 マリアは大神の質問に素っ気ない答えを返す。
「......そうか」

 予想していた答えに、大神は軽くため息をついた。
 が、すぐに真っ直ぐ前を見て歩き出す。
 まだ自分はスタート地点にすら立っていないのだから。
 そんな大神をマリアは冷ややかな、何かを見定めるような瞳で見つめていた。

「少尉、先ほどから何をキョロキョロされているのですか?」
 帝鉄に乗り込んだマリアは、車両の後部に陣取り、窓の外を眺めている大神に尋ねる。
「ん? これから俺が守らなくてはいけないものを見ていたんだよ」
「日本という国をですか?」
「いや......こんな事を言ったら、処罰ものかもしれないけどね。俺が守りたいのは、『国』じゃないんだ。ここで暮らす人々の生活であり、笑顔なんだ。まだまだ未熟者がと言われるかもしれない。でも......俺は諦めたりはしたくないんだ」
 大神の真っ直ぐな視線に、マリアは反発したくなった。
「それは理想です。現実はそんなに簡単ではありません」
「うん。わかっている。少なくとも、わかっているつもりだ。でも、目的地が遠いからと言って嘆いているだけでは、そこへは近づけないだろう? 最初の一歩を踏み出さないと、何も変わらない。違うかな?」
「甘いですね」
「俺もそう思う」
 自分のきつい言葉にも怒り出さない大神に、マリアは内心驚いていた。
 この人は本当に軍人だろうかと。
 自分が生きてきた場所では、軍人は威張り散らすものだった。
 強者にへつらい、弱者から搾取するものだった。
 でも、目の前の白い服の青年は、部下であるといった自分を怒ることもなく、帝都を眺め微笑を浮かべている。
 マリアは軽く頭を振った。
「少尉、次で降ります」
「ああ。わかった」

 大帝国劇場の前で、大神はその建物を見つめた。
 そんな彼を、マリアは見つめる。

「さて、米田中将のところへ案内をお願いできるかな、マリア」
 ひとしきり建物を見ていた大神が、マリアに笑いかけた。

 帝都、東京は銀座四丁目。大帝国劇場。
 ここで彼らの物語が始まる――――