一枚の絵葉書。
「マリア、お茶にしないかい?」
「いいですね、手伝います」
ティーセットを運んで来た大神に、マリアは読んでいた本を閉じると立ち上がった。
「そうだ、マリア宛に葉書が来てたんだけど」
「私にですか?」
「うん、これ」
大神はかえでから預かった一枚の絵葉書をマリアに差し出した。
どうやらマリアの今の居場所がわからなかったものが回り回ってこの帝劇までたどりついたらしい。葉書には多少のくたびれとそして大きなタイムラグがあるようだ。
「......」
雪に埋もれる小さな教会とどこまでも続く田園風景。
それを見つめるマリアの瞳から静かに涙が零れおちた。
「ど、どうしたのマリア? 何か悲しいことでも書いてあった?」
大神にはロシア語が読めないので何が書いてあるのか分からない。
「いいえ...いいえ」
マリアは小さく首を振った。
絵葉書を胸にただハラハラと涙を落とし続けている。
その姿に大神は何も言わずマリアをそっと抱き締めた。
「しばらく、このままでいてください」
「うん」
大神は優しくマリアの髪を撫で続けた。
「どうぞ」
少し落ち着いたマリアをソファーへと座らせてお茶を勧める。
「ありがとうございます」
受け取るマリアの目はまだ少し赤かった。
「昔の仲間...というよりお世話になった人からなんです」
しばらくしてマリアが口を開いた。
「元気でやっているか...と、ただそれだけなんですけど、なんだか......」
話しているうちにまた涙が込み上げてきたようだ。
ごめんなさいと言ってまぶたをハンカチで押さえる。
「ゆっくりでいいよ、マリア」
「はい。聞いて...くださいますか、大神さん?」
「うん、話して欲しいな。マリアの言葉で」
ありがとうございます、と小さく呟いたマリアは絵葉書に視線をやりポツリポツリと話し始めた。
「この地は私にとって辛い思い出ばかりだと思っていました。
でも今、こんなにも穏やかな気持ちで眺める事が出来る。
こんなに懐かしいと...感じられるなんて。
あの人が亡くなった時、私の心は死んだのだと思っていました。
この地の厳しい冬のように凍りついたままなのだと。
ずっとこの苦しみを抱えてゆくのだと。
だけど、違ったんですね」
マリアはふわりと微笑んだ。
「人の思いは消えるものでも変わるものでもなく昇華してゆくものだと知りました。
大神さん、あなたのお陰です。
この冷たい雪の下で春を待つ息吹があることを気付かせてくれた、あなたに...会えてよかった」
言ってマリアは真っすぐに大神を見つめた。
「時間が出来たら遊びに来いと書いてあります。一緒に...来てくださいますか、大神さん?」
もう一度、歩き出すために......。
「行こう、二人で」
幸せになろう、マリア。囁きは耳元に落とされた。