[ Long Vacation ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
蒼い空、白い雲、輝く太陽。

「やっと着いたか」
 パリから列車をいくつか乗り継ぎ、大神は南仏のとある駅に降り立った。別荘地として有名なこの地へ、彼はシャトーブリアン伯爵の招きを受けてやってきた。
 外には地中海の暑い日差しが降り注いでいる。高台にある駅からは遠目にではあるが、青い海が見えた。
「大神一郎中尉殿でいらっしゃいますか?」
「はい」
 景色に見とれていた大神は、名前を呼ばれ慌てたように振り向いた。そこには一人の紳士が立っていた。
「伯爵様の命によりお迎えに上がりました。どうぞ、こちらへ」
 トランスと名乗った青年は大神を馬車に案内してくれた。心地良い振動に揺られること数十分、馬車は白亜の別荘の前に止まった。

「大神君。久しぶりだね」
「伯爵様も奥方様もお変わり無くて何よりです」
 アイリスの両親である伯爵夫妻に挨拶をすませた大神は、部屋に荷物を置くとすぐに外に出かけた。
 蒼い空、白い雲、輝く太陽。そして、碧い海を渡る風。
 大神は海まであと少しという所で裸足になり、波打ち際へ向かった。波が光を反射して、ちょっと眩しい。そのまま歩を進めて、波を足に絡ませる。焼けた砂とは対照的に打ち寄せる波は冷たく気持ち良い。 
 しばらく、波の感触を楽しんでいた彼の耳に賑やかな話し声が聞こえてきた。
(確か、他にも客人がいると言われたっけ...)
 伯爵に言われた事を思い出して、大神は振り返った。これからしばらく一緒に過ごす人達の顔を見ておこうと思ったのだ。
「!」
 思わず目を疑った。
「なんで、ここに...?」
 現れたのは...景色に負けない華やかな面々だった。
「パパとママがね。みんなも一緒においでって、米田のおじちゃんにお手紙くれたの」
 不意打ちに成功したアイリスは大神の腕にぶらさがって嬉しそうに笑っている。
「でも公演は?」
「公演は終わったばかりです。今回も大好評だったんですよ」
 さくらのサマードレスを見るのも随分久しぶりだ。
「なんと言っても『ロミオとジュリエット』やったからな」
「今回は私がヒロインでした」
 織姫が紅蘭の後ろから自己主張している。
「へぇ...」
「その上、マリアがロミオ役だったからな。チケットは即日完売だったらしいぜ」
 カンナの言葉に思わず大神の口からため息が零れた。
「俺も見たかった...」
「で? 大神はんの見たかったんは、織姫はんのジュリエットでっか? それともマリアはんのロミオやろか?」
「え? そ、それは...」
 紅蘭の言葉に全員の視線が集中する。まずい。ここでどちらを選んでもひと波乱もふた波乱も巻き起こることは間違いない。
「! み、皆の舞台に決まってるじゃないか。紅蘭」
「ほぉ?」
「は、はは」
 夏の日差しが照りつける砂浜だというのに、大神の背中を冷たい汗が滑り落ちていく。
「で、て、帝都の方は?どうなってるのかなーなんて......」
 大神は逃げるように話題を移した。
「米田長官とかえでさんが残っていらっしゃいますし」
 マリアは安心してくださいねと付け加えた。
「そうか。...久しぶりに逢えて嬉しいよ」
 大神は自然と笑顔が浮かんでくるのを押さえられなかった。
「よぉ?し、泳ぐか!」
 早速、海に入ったカンナが豪快な泳ぎを披露し始めた。さすが沖縄育ちだ。
「隊長もさっさと着替えて来いよ」
 元気いっぱいのカンナの誘いに、さすがに長旅の疲れを感じていた大神は苦笑しながら答えた。
「俺は遠慮させてもらうよ。さっき着いたばかりでね。ちょっと海が見たかっただけだから」
 代わりに砂浜にパラソルを立て、その下で休むことにする。海の中でたわむれるみんなの様子を眺めながら、気付くと大神の視線はただ一人を追いかけていた。
(サングラスがあって、ちょっと助かってるかも)
 しばらくして、その人が海からあがってきた。
「どうしたんだい?」
「...私はまだ泳ぐのが下手なものですから、すぐ疲れてしまうんです」
 マリアはバスタオルを肩にかけ大神の隣に座った。
「泳ぐ機会が少なかったんだからしかたないよ」
「でも、マリアさんが泳ぐのが苦手だなんて何だか意外でーす」
 少し遅れてあがってきた織姫の言葉に、特訓のことを思い出した二人はあいまいな笑顔で答えた。
「しかし、伯爵も人が悪い。皆が来るなら教えてくれたらよかったのに......」
 やれやれと言わんばかりの口調で、大神は盛大なため息を零した。
「アイリスが必死に口止めをしていましたよ。『お兄ちゃんを驚かすんだから』って」
 そんな彼を見上げて、マリアはクスクスと笑う。
「さっきの隊長の驚いた顔、見ものだったぜ?」
 戻ってきたカンナが嬉しそうに付け加える。
「......ひどいな」
 そう言いながらも大神は笑顔だった。
 久しぶりに過ごすこんな他愛の無い時間が、嬉しい。
「......やっぱり、俺も泳ごうかな」
 皆がはしゃぐ姿を見ていて、大神も海に入りたくなってきた。何より、隣に座る人といつか海で泳ぐ約束をしている。それが今、ここになってもいい。そう思った。
「それなら早く着替えてこないと、皆疲れて上がっちまうぜ?」
「そうだね。すぐ戻る」
 走りにくい砂浜を全力疾走して、彼は屋敷へと戻った............

 朝日が差し込む部屋で大神は目を覚ます。
「ん?」
 そこに見えたのは、見慣れたアパートの天井。
「あれ......? 俺は海に行って......」
 つぶやきながらあたりを見回してみたが、そこは確かに自分の部屋で...
「もしかして......夢? なんて現実的な......」
 大神は自分の手をじっと見つめた。
 まだここに大切な人の温もりが残っている気がする。
「よりによって、夢か......これが夢だったらいいのに......」
 しかし、彼を現実に引き戻す声が、窓の下から聞こえてきた。
「大神さーん、朝ですよー」
 赤い服のシスターにもう少し待ってくれるように頼むと、大神は手早く身支度を整える。
「......やれやれ、現実は厳しいなぁ」
 大神は、机の上に置かれた写真立てに苦笑いを見せると部屋を出た。
 今見た夢を現実にするために。
 目を覚まさないと、夢を正夢にすることは出来ないのだから――――