[ LOVE FOOL ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
酒盛りするマリア

「よし、これで終わり」
 大神は万年筆を置いて、軽く身体を伸ばした。
「お疲れ様です。私の方も、もう少しで終わりそうです」
 マリアは時計を見上げ小さく息を吐いた。針は十時前を示している。なんとか今日中には、かえでにこの書類を渡せそうだ。
「じゃあ、これお願いしていいかな。俺は今から見回りに行ってくるから」
「はい。わかりました、隊長」
 大神は仕上げた書類をマリアに手渡すと、ランタンを持って部屋を出て行った。
 書類を届けに来ただけのはずなのに......と、マリアは手にしたグラスに目を落とし、こっそりため息をついた。
 時計の針はすでに十二時を回っている。
「マリア? ちゃんと飲んでるの?」
 目の前の女性は、にこにこと笑いながら貰い物だというお酒を空にしていく。
「かえでさん......あまり飲みすぎると差し支えますよ」
「いいのよ、時々は息抜きしないと。それに聞きたい事が色々とあるし」
「聞きたいこと?」
「そう。色々とね」
 かえではそう言って、にっこりと笑った。
 その笑顔に、マリアは以前大神が言っていた事を思い出す。
『笑顔が一番恐い時だってある』
 あの時は思わず苦笑したが、確かにその通りだと彼女は今、痛感していた。
「それで......大神君とはどこまでいってるの?」
 ストレートな質問に、マリアは激しくむせた。
「か、かえでさん......?」
 涙目になりながら、困惑の表情でかえでを見つめる。
「べ、別に......私は......」
「いいのよ。今は一個人として聞いているんだもの」
 一体、何がいいというのだろうか...
 マリアはあっという間に空になっていくグラスを見つめながら、小さくため息をついた。
「だいたい、いつまで経っても帰ってこない加山君が悪いのよ」
 かえでのグラスがまた空になり、新しい液体が注がれる。
「十時には定期連絡に来るって言ってたのに......もう十二時過ぎよ?」
「そうですか......」
 恐らく何かの理由があって遅れているのだろうが、マリアは加山を少し恨めしく思った。
「だから、帰ってくるまで付き合ってね」
 笑顔のかえでは、空になっていたマリアのグラスに新しいお酒を注ぎ込んだ――

 そして、午前二時をまわった頃――。
「ゆーいちのばか......」
 かえでが机に突っ伏して眠ってしまったのを確認したマリアは、天井に視線を向けた。
「そろそろ出てきてください、加山隊長」
「......いつから気付いてた?」
 天井裏から顔を出した加山は、苦笑いを浮かべている。
「書類を届けに来た時からです。早く出てきてくだされば、こんな事にはならなかったのに......」
 いそいそと天井から降りてくる月組隊長に、文句の一つも言わなくては割に合わない。
「いや......その......出るに出られなくて......」
 加山も本当はマリアが帰った後、すぐにかえでに会うつもりだった。だが、タイミングを計っている間に酒盛りが始まり、そのまま機会を失ってしまったのだ。
「言い訳はいいです」
「はい......」
「では、後はお願いします。私はこれで」
「あっ......ちょっと......」
 出来れば、マリアにかえでの着替えなど手伝って欲しいと思い、加山は慌てて声をかける。
「失礼します」
 だが、マリアに『にっこり』と微笑みかけられ、加山は敗北した......

 水を飲もうと厨房に寄ったところで、大神と会った。
「誰かいるのかい?」
 彼はどうやら、喉が渇いて降りてきたようだった。
「マリア、まだ休んでいなかったのかい?」
 二人で書類を作り上げたのは何時間も前のこと。大神はとっくに休んでいるはずのマリアがこんな所にいたことに驚いている。
「ええ」
「ん? マリア、お酒を飲んでる?」
 ほのかに香るアルコールに大神は気付いた。
「はい。かえでさんに捕まってしまって......」
 水を飲み干したグラスを片手に事の顛末を大神に話す。
「......やれやれ。明日、かえでさんに謝っておかないといけないかな」
 大神は、困ったような笑みを浮かべて言った。
「? 何かあったんですか?」
「ああ。見回りの途中で、加山が書き割りに挟まれているのを見つけてね。助けるのに、少し時間がかかってしまったんだ」
 軽く肩を竦める大神の言葉に、マリアは思わず笑っていた。
「でも、どうして加山さんは書き割りなんかに挟まれていたんでしょう?」
「......さあ」
 もちろん大神はその理由を知っていたが、黙っておくことにした。月組隊長の名誉のために......
「さ、もう遅い。俺達も休むとしよう」
 彼はマリアの手からグラスを洗い桶の中に沈めると、そのまま彼女の手をとって二階へと向かった。

 次の朝、大神がカーテンを開けると、窓にベタッと加山が張り付いていた。
「......何してるんだ?」
「おおがみぃ......副指令に嫌われたぁ......」
 泣きながらしがみついてくる加山を、ひっぺがしながら大神はうんざりした声で言った。
「自業自得だ。俺が見つけていなかったら、今でもまだ書き割りに挟まれたままだったかもしれないぞ?」
「う......」
 想像してしまったらしい加山の顔色は真っ青だ。
「今後は勝手に書き割りをいじったりするなよ」
「無論だ。二度とあんなことはしない。月組隊長としての誇りにかけて、誓ってもいい」
「こんな事を誇りにかけて誓わんでいい! さっさとかえでさんに謝って来い!」
 思わず一撃を加えてしまう大神だった。
 帝都は今日も平和だ......