[ Peace of Mind ]

[ 女神異聞録 ペルソナ ] BE YOUR TURE MIND.
氷の女王編 塔攻略後。

 三つ目の塔を制覇した後、諒達は学園に戻ってきていた。
「...今日はこのくらいにしてもう休もうか?」
 諒は身体を軽く伸ばして仲間達を振り返った。
「そうだな」
「アヤセ、保健室行ってくるー」
「あたしも」
 さすがに体力限界まで戦っただけあって、誰の口からも反対は出ない。
「私も少し疲れましたわ」
 エリーの口からもため息が零れた。
「真田も少し休んでおけ。お前が一番攻撃を受けてるんだぞ」
 南条の言葉に取り敢えず頷いておく。確かに疲労が溜っていた。いかに回復魔法があるとはいえ、延々と続く戦闘は『こころ』に疲れを蓄積させる。
 学園内には悪魔は出てこない。諒は剣で軽く肩を叩きながら食堂に向かう。
「何か飲み物あるか?」
「お、真田。スポーツドリンクでいいか?」
「ああ」
 諒はそれを受け取って毛布を借りると、タナトスへの扉のあった教室へと入り込んだ。唯一、人の居ない場所だということを彼は知っていた。
 氷漬けになった教室で諒は床に毛布を敷いて座った。正面を向けば、見慣れた黒板が目に入ってくる。数日前まで日常を送っていたのが不思議になってくる。世の中科学では説明できないことが起きるものだと諒は思い知った。
「Ryo?」
 そんな事を考えていると、扉が開いて誰か入ってきた。
「エリー? 何かあったのか?」
「ええ」
 その返事に立ち上がろうとする彼をエリーは押しとどめた。
「Ryo の姿が見えなかったから探していたんですの」
 エリーは諒の隣に自分も毛布を広げた。
「Ryoの事だから、ここにいるだろうとは思いましたけど」
「どうして?」
「ここに誰もいないからですわ」
 その言葉に諒は驚きの表情を見せた。
「何か悩んでいることがありますでしょ? そういう時は一人になりたいものですから。...お邪魔かとも思ったのですけど」
「どうして?」
 エリーの言葉に諒は再び同じ言葉を繰り返した。
「なんとなく、ですわ」
 彼女はいつもの微笑みで彼に答えた。
「...何を悩んでいたんですの?...もしよろしければ、話して頂けません?」
「大した事じゃないんだけどね」
 諒はそう前置きをして話し出した。
「あの三人の事を考えてたんだ」
「三人...あの守護者の事ですの?」
「うん...少し解る気がしたから」
 諒は氷ついた天井を見上げた。
「ほら、フィレモンが言ってただろ? ペルソナはもう一人の自分だって」
 意識と無意識のはざまに生きるもの。彼は自分のことをそう言った。
「...ってことは、俺の中にもあの三人みたいな自分がいるんだろうかって......考えてもしかたない事なんだけど」
 諒は少し照れくさそうな表情を見せた。
「 No 」
 エリーは諒の頬に優しく触れた。
「普段気にしていなくても、それを時々考えてみるのはとても重要なことですわ。Ayase にも前に言いましたけど、要は人間性ですわ。そして、Ryo の人間性は皆が保証しますわよ?」
「...ありがとう、エリー」
 諒はエリーの手を取り、微かに笑った。
「元気が出るよ」
「Really? それは嬉しいですわ」
 滅多に見られない諒の笑みにエリーもにっこりと笑った。
「エリーにはいつも言いたかった」
 彼はエリーの手を放そうとしない。エリーもそれを嫌がったりはしなかった。
 諒はエリーの手が好きだった。柔らかくて、白くて、触れられると気持ちが落ち着く。
「Ryo は意外と甘えん坊ですわね」
「そう...かな?」
 エリーの言葉に諒は首を傾げる。今まで人にあまり甘えた事がない彼にはよく解らなかった。
「ええ。戦闘ではあんなに冷静で、普段でもとても落ち着きがあるのに。限られた人と居るときのRyoは甘えん坊ですわ」
 エリーには確信があるようだ。
「その中に私も入っているというのは、ある意味誇りに思えますけど」
「?」
「だって Ryo、あまり人に触れられるのが好きではないでしょう? でも、私達の時だけはこうしても微笑み返してくれるんですもの」
「いや、そうじゃなくて...どうして、エリーが誇りに思うんだ?」
 諒は本当に不思議そうだ。
「フフ...Ryo は女子の間では人気者なんですのよ? だから、ですわ。それに今言ったようにあなたに触れられるという事は、あなたに選ばれた人というような気がするからですわ」
「ふ?ん」
 諒は解ったような解らないような返事をした。
「...でも、エリーも俺がこうやっていても嫌がらないよ?」
 まだ放していなかった彼女の手を持ち上げる。
「これって...俺に合わせてくれてるのか?」
 諒の言葉には少し不安が交じっている。
「No.これでも私、嫌な事はハッキリ言いますの」
「じゃあ...もう少しこのままでもいいか?」
「Of course.」
 エリーの微笑みに諒も控えめな笑顔を見せた。

「真田? エリー? ここかい?」
 ゆきのがしばらくして教室の扉を開けて入ってきた。
「Be quiet, Yukino.」
「どうしたんだい? こんなところ...なるほどね」
 ゆきのはエリーの近くへ寄って納得した。
「珍しいこともあるもんだね」
「よほど疲れていたんでしょう」
 エリーは膝の上にある諒の髪をゆっくりとすいていた。
「いや、まあ。それもあるけど、あんたもだよ」
「What? 私ですか?」
「そうだよ。そんな優しい目をするなんてさ。よっぽど真田の事が好きなんだね」
 ゆきのの言葉にエリーは余裕の笑みを浮かべた。
「Yukino にもお貸ししましょうか? 私の膝」
「...遠慮しとくよ。じゃ、この男が起きたら言っといて、勝手に消えるなって南条が怒ってたって」
「I see. Thanks, Yukino.」
 エリーに軽く手を振ると、ゆきのは静かに扉を閉めていった。
「...ん? 今、誰か来てた?」
 諒はうっすらと目を開け、エリーを見上げる。
「いいえ。...さ、もう少し休んでください。Ryo はいつも無茶をしますから」
「...な、エリー。全部、さっさと片付けて学園祭やろーな」
「ええ。その時は是非エスコートして下さいね、Ryo」
 半分寝ぼけている諒にエリーは話かけた。
「ああ...」
 再び眠っていく諒を見ながら、エリーもいつの間にか眠っていた。
 そして、目が覚めると。
「起きた?」
 立場が逆転していた。
「Ryo?」
「もう少し横になってていい。まだ時間があるから」
 諒は起きあがろうとするエリーの肩を押しとどめ、毛布を掛け直した。
「いつから起きていたんですの?」
「一時間くらい前かな? エリー、ぐっすり眠っていたから。今度は俺が代わろうと思って」
 膝の上から見上げてくるエリーに諒はリストウォッチに一度目をやって答えた。
「寒くないか?」
「ええ...とても暖かいですわ」
「それならいい」
 諒は安堵のため息を吐いた。エリーに風邪をひかせたりしたら、他の三人に加えてクラスの連中に何に言われるか解ったものではない。
 諒の膝の上でエリーは心臓の音がやけに大きくなっている自分に気付いていた。
 いつからだろうか、この思いが自分の中に目覚めたのは。
 特に仲の良かったわけでもない五人が、こんな冒険に巻き込まれて初めて、この人の事を意識したような気がする。普段の生活では目立つ事の無い人だったのに、学校が異界になった後で何度この人の勇敢さに何度助けられただろう。...まあ、多少無茶する時があるけど。
 そこまで考えてエリーはクスッと笑った。
「ん? 何?」
 その人は突然笑ったエリーを覗き込んできた。
「いえ、何でもありませんわ」
「そうか?」
 首を傾げ、それ以上は聞いてこない。ただ、意外と大きなその手でエリーの腰まで届く髪を撫でてくれる。指先から優しさが流れ込んでくるようだ。
 しばらくそのままいると諒のリストウォッチから電子音が聞こえた。
「...時間だ」
 諒はエリーが起きると、立ち上がって毛布を片付ける。そして、手を差し出した。
「さ、一緒に行こう」
 その差し出された手にエリーは既視感を覚えた。氷漬けになった図書室で差し出された手。それがこの冒険の始まりだった。
「ええ」
 エリーは最高の微笑みを諒に見せ、その手に自分の手を重ねた。この戦いを終わらせる為に...