[ Piece Of My Wish ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
HAPPY BIRTHDAY !!

 久しぶりの休日、昨日まで降り続いていた雨も止み、すっきりとした青空が広がった。貴重な梅雨の中休みを皆思い思いに過ごしている。大神は遊戯室でマリアとビリヤードを楽しんでいた。
「...くぅ...また負けか」
 ポケットに九番のボールが沈んでいくのを見て大神は肩を落とした。これで目下五戦五敗。一矢くらいは報いておきたいところである。
「まだやりますか?」
 対するマリアは余裕の表情で、キューにチョークをつけている。
「もちろんだ。今日は勝つまで付き合ってもらうぞ、マリア」
「それは...夕食の買出しに行けなくなってしまいますね」
「言ったな、マリア。よぉし、じゃあこうしよう。三時のお茶の時間までに一回も勝てなかったら、その買い物に付き合うよ」
「いいんですか? そんな事言って」
「二言はない。...絶対勝つ!」
 マリアと二人になると、途端に子供に戻ってしまう大神だった。

「お兄ちゃん! マリア!」
 勝負も中盤に差し掛かったころ、アイリスが元気よく飛び込んできた。
「アイリス? レニ? どうしたんだい?」
「へへへ...これ見て」
 アイリスが両手で持っているのは、どうやらカメラのようだ。
「どうしたんだい? それ」
「紅蘭がね、新しく作ったからって貸してくれたの」
 紅蘭製と聞いて、大神とマリアは思わず顔を見合わせていた。
「大丈夫。今のところ、特に問題はないよ」
 そんな二人の様子を察したレニが付け加える。
「それでね、皆のこと撮って回ってるの。お兄ちゃんとマリアも撮ってあげるね」
「え?」
「早く並んで。ちゃんとしてね」
 アイリスににっこり微笑まれては、否と言えるわけが無い。
 顔を見合わせて軽くため息を零しながらも、二人は並んで写真を撮ってもらった。
「次はね、レニとアイリスを撮ってほしいの」
「いいよ。でもせっかくいい天気だし外に出ようか」
「そうですね。中庭に行きましょう。フントもきっと一緒に撮ってほしいと思うわ」
「うん! レニ、行こ!」
「アイリス、廊下を走ると危ないよ」
 マリアの提案に頷いたアイリスは、レニの手を引っ張って走り出す。
「やれやれ、元気だなぁ」
 そんな二人の後姿を見つめて大神は苦笑を浮かべた。
「勝負は一旦お預けですね」
「そうだね」
 キューを棚に戻して、大神とマリアも連れ添って中庭へ降りる。

「お兄ちゃん! こっちこっち!」
「はいはい」
 中庭は俄か撮影所と化すことになった。
「次はマリアも一緒に写ろ!」
「ヴァウ!」
 アイリスの指示のもと、にぎやかな撮影会が開かれているところに、かえでが息抜きにやってきた。彼女は今日も仕事で、今まで書類と睨めっこしていたのだ。
「お疲れ様です、かえでさん」
 そんな彼女に大神は声を掛けた。
「あ! かえでお姉ちゃん! お仕事終わったの?」
「ちょっと休憩といったところかしら」
「じゃあ、今なら大丈夫だよね。アイリスと一緒に写真とろ? ね?」
 アイリスもかえでの仕事の邪魔をしたくなかったようで、まだかえでとは撮っていなかったのだ。
「ええ、いいわよ。大神君も一緒にどう?」
「は? えーっと...遠慮しておきます」
「そう?」
「申し訳ありません」
 かえでの提案は丁寧に断っておく。
 後であの親友にばれた時何をされるか...考えるだけで恐ろしい。
 一通り撮り終える頃には、三時の鐘がなっていた。
「あら? もうこんな時間?」
 予定以上に延びてしまった休憩にかえでは少し困ったような表情を見せる。
「お姉ちゃんもお茶しに行こ。少しくらいお休みのびてもいいじゃない。かえでお姉ちゃん、いっしょうけんめいやってるもん」
「...そうね。じゃ、一緒に行きましょうか」
 かえではアイリスとレニの手をとって、サロンへと歩き出した。
「じゃ、フント。また後でね」
「ヴァウ!」
 またね、と言うように尻尾を思いっきり振るフントに、マリアは微笑みを見せる。
 その笑顔に大神は我知らずシャッターを切っていた。
「隊長?」
 ぼんやりとしている大神にマリアは不審そうに声を掛ける。
「...結局、マリアに三時までに勝てなかったなぁって」
 黙ってシャッターを切ったことを悟られないように、大神は話を逸らした。
「しかたありません。急に写真撮影会になってしまったんですから」
「約束は約束だからね。ちゃんと一緒に行くよ」
「でも......」
「マリアは俺が一緒だと迷惑?」
「そんな事ありません!」
「ならいいじゃない。俺がマリアと行きたいんだから。とりあえずお茶を飲みに行こう」
 大神はフントに手を振ると、マリアと中庭を後にした。

 夕食を終えた大神は自室に戻ってくると、窓を開けて声をかけた。
「その辺にいるんだろ? 加山」
「大神ぃ、俺は哀しいぞぉ?」
 声と共に現れた加山はいつもと違って暗い表情を浮かべている。
「どうせ、かえでさんと一緒に写真を撮りたかったんだろ?」
「いいよなぁ、大神。お前は愛しのマリア君と一緒に撮れて。こういう日に限って、一日出張とかなんだもんなぁ...やっぱり誰かに押し付けとけばよかった......」
 加山の言葉に大神はこっそりため息を零した。これが『月組隊長』として怖れられている男だとは。その方面の人間たちが見たら何と言うだろうか。
「加山、こいつの現像を頼みたいんだが...」
「......ヤだ」
 いじけている月組の隊長は床にのの字を書き始めている。
「そうか。この中にはかえでさんの写真もあるからお前に頼もうと思ったんだが...しかたな......」
「大神ぃ! 俺たちは親友同士だよなぁ!」
 加山はカメラを奪わんばかりの勢いで大神に詰め寄った。
「......ヤだって言わなかったか? お前」
「ははは。大神の頼みをこの俺が断るとでも? 現像なら『現像のゆうちゃん』と呼ばれたこの俺に任せてくれ!」
「...何時、誰が呼んだんだよ。まあいい。その代わり、一つ頼みを聞いてもらおうかな」
 大神の頼みを聞いた加山は「まかせておけ」とニヤリと笑って去って行った。

 次の日の朝、加山は現像された写真を持って現れた。
「いよぉ! 大神ぃ、今日もいい天気だなぁ!」
「...この思いっきりどんよりと曇った空のどこが?」
「ふっ。俺のこの気持ちを持ってすれば、くもり空など関係ないな」
 そんな加山は放っておいて、大神は写真を確かめる。
「一応全部あるみたいだな。で? 頼んだやつは?」
「おお。こっちだ。我ながら会心の出来だぞ」
 加山はもう一つの封筒を取り出す。
「......よし。ありがとう、加山」
 中に入っていたのはアイリスに撮ってもらったマリアとのツーショット写真と、思わずシャッターを切ってしまったマリアの微笑だった。
「ふっ。親友の頼みだからな。だから大神」
「ん?」
「今度写真を撮る時は、是非俺も誘ってくれ」
「...お前なぁ」
「じゃあな。大神ぃ、アディオス!」
 呆れる大神を余所に加山は消えた。

 次の休日。大神は全ての誘いを断り、一人で買い物に出掛けた。帰ってきた時の大神は、スキップでも踏みそうなご機嫌ぶりだったそうである。
 そして......夜十二時を過ぎたころ。
「マリア」
 見回りの途中に入った書庫で、大神は目当ての人物を見つけた。
「隊長。ご苦労様です」
 大神の姿に、彼女は読んでいた本を閉じて棚に戻した。
「ちょっといい?」
「? ...ええ」
 大神はマリアを自室に案内すると、とりあえず椅子に座らせる。
「えっと、ね。...これを」
 そう言って差し出したのは、今日買ってきたばかりのものだった。
「その...誕生日おめでとう」
「あ......」
 マリアは大神に言われて気がついた。今日は六月十九日......
「マリア?」
 大神はプレゼントを差し出したまま、マリアを見つめる。
「大したものじゃないから申し訳ないんだけど...もらってくれないかな?」
「ありがとうございます、隊長。開けてみてもよろしいですか?」
「どうぞ」
 大神もベッドの端に腰掛けて彼女に微笑んだ。
「これは......」
 出てきたのは写真立てだった。その中には、見たこともないくらい幸せそうに笑う自分がいた。
「綺麗に撮れていたから」
 大神の言葉を聞きながらフレームに指を這わせる。写真立てはマリアの瞳の色と同じ碧のクリスタルガラスで出来ていた。
「...ありがとうございます」
 マリアはプレゼントを胸に大神に微笑みかけた。その笑みは写真と同じかそれ以上に、優しい柔らかい笑顔だった......