[ Summer Vacation 03 ]

[ 女神異聞録 ペルソナ ] BE YOUR TURE MIND.
夏休みの小旅行。その3。

 その日仲間たちが遊び疲れて昼寝をしている間に、諒は昨日の不審な人物を見た崖の上にやってきていた。
 そこには雑草が疎らに生えている荒地があるだけだ。わざわざ暑い日差しの中やってくる理由があるようには思えない。下を覗けば先程まで泳いでいた砂浜が見える。
「おい」
 突然声をかけられ、諒は弾かれるように振り向いた。
「真田にしては無用心だな」
「南条...脅かすな」
「昨日から様子がおかしかったのでな。悩み事があるなら相談にのるぞ」
 諒は少し考えてから、昨日の出来事を簡単に伝えた。
「ふむ...なるほど」
 南条は一つ頷くと、思い当たる事を話し出した。
「この辺りの島々を使って一大リゾートを造るという計画があるらしい。詳しい事は調べないとわからないが......」
「頼んでもいいか?」
「了解した。すぐに調べさせよう」
 南条が携帯電話を取り出して呼び出しを始める横で、諒は煌く海を見つめていた。

「じいちゃん」
 屋敷に戻った諒は祖父母の所へ顔を出した。
「ここ、売るの?」
 単刀直入に尋ねる。
「んなこたぁせんよ」
 そんな不躾な質問にも祖父母は怒らずに微笑んでくれる。
「ここぁ昔からこのままじゃけえの。これからもそのつもりじゃよ」
「そう。よかった。俺もここはこのままがいいと思う」
 父と母の思い出の残る数少ない場所だから。
「そうそう、明後日の夜に八幡様でお祭りがあるんじゃが、他のみなと行くかの?」
「うん。じいちゃんとばあちゃんは?」
「わしらはお社の方におるでの。みなで楽しんできんさい」
 諒は頷いて部屋を出て行った。

「わかったぞ」
 夕食の後、他の者が温泉へ入りに行っている間に南条はモバイルに転送されてきたデータを諒に示した。
「ここを開発しようとしているのは江北建設だな。元は悪名高い自由業者だ。悪辣な地上げでも有名だな」
「...連中が島に来ている可能性は?」
「聞くまでもなかろう。ここ数年の不況で、こんな大掛かりの開発は数が減っている。何としても成功させたいだろうな」
「...そうか。ありがとう」
 諒はそれだけを言うと黙り込んで画面を見つめている。その様子に南条はため息を零した。
「怒りで心を燃やすのは悪くはないが、目を曇らせるのはいいことだとは言えんぞ」
「わかってる」
「あれー? 二人で何話してんすか?」
 ブラウンが戻ってきて残っていた二人に声をかけてきた。
「明後日の夜に島の八幡様でお祭りがあるっていう話。みんなで行かないか?」
 諒は自分の抱えている問題には一切触れなかった。のだが...
「Ryo? 何かあった?」
「こないだから様子が変だねぇ」
 仲間たちの目は誤魔化せなかった。
 諒は南条と顔を見合わせ苦笑を見せた。
「実はな......」
 南条が簡単に事情を説明する。
「...それでお前はどうしたいんだ?」
 玲司は諒の隣に座って彼を見据えた。
「俺はここが壊されるのは許せないだけだ」
「そういや、街の方で噂になってるぜ。真田の家には不幸なコトが続いてるって」
「アヤセも聞いたよ。なんでも漁のアミが切られてたりとか、船のエンジン壊されてたとか」
「本当か!?」
 マークとアヤセの言葉に諒は驚きの声を上げた。
「ああ。あの孝嗣さん...だっけ、聞いてみれば?」
 マークの言葉が終わらないうちに諒は走り出していた。
「孝嗣さん!」
「おや、諒ぼっちゃん。いらっしゃい」
「網が切られてたりするって本当か?」
 孝嗣は俯きながら肯定した。
「あの建設話が来てから頻繁に起こるようになりました。船のエンジンに砂糖が入れられていて、漁に出る事が出来なかったりしてます。警察にも届けたんですが、これといった証拠もなくて......」
「...そうか。ありがとう、孝嗣さん」
「ぼっちゃん!危険なことは駄目ですよ。大旦那様も大奥様も坊ちゃんに何かあったら...」
「大丈夫だよ」
 そう言って諒が屋敷に戻っていく道で。
「真田諒君だね?」
 昨日、屋敷に来ていた黒服の男だった。
「...何か?」
 諒は聞き返しながらも、戦闘態勢に入っていた。その辺のチンピラなどよりも戦闘経験が豊富な高校生なのだ。
「私は江北建設の者なんだがね、君からお祖父さん達にこの島を売ってくれるように頼んでくれないかな」
「嫌だね」
 諒の返事は素っ気無い。
「それは仕方ないなぁ。君がいなくなればお祖父さん達もここを売る気になるだろうよ」
 男の言葉に闇の中から今時珍しいいかにもチンピラといった格好の男達が現れてきた。
「...最初からこうしていれば良かったのに」
「その意見には賛成だよ」
 男が合図を送るのと同時にそれは起きた。
「いくぜ!」
『EMPEROR・魔神アメン・ラー』
 諒の背後にエジプト風の衣装と威厳を身に纏った王が見えたと思うと、男達は全員が金縛りで地面に倒れていた。
「な......」
「そのうち治る。でも、じいちゃん達に手を出したら痺れるだけじゃ終わらない」
 諒はそれだけ言うと、屋敷への道を再び歩き出した。
「お帰りなさい、Ryo」
「何があった? と聞くまでもなさそうだな。先程ペルソナを呼び出したな?」
「ああ。ちょっと絡まれたから痺れさせてきた」
 玄関で心配そうに待っていた仲間に答えながら、諒は家へあがった。
「そりゃ相手も運がねぇな」
 玲司も肩をすくめて笑った。
「今、じいちゃん達に客が来てるぜ。ありゃ、警察関係者だな」
「さすが稲葉。警察に度々厄介になってるだけの事はあるな」
「るせぇよ」
「たぶん、網と船の話だと思うよ。アヤセの聞いてきた噂、本当だって孝嗣さんが言ってたから」
 畳の上に座りながら、諒は呆れたように零した。
「じいちゃん達は人が良すぎるみたいだ」
「...どうする?」
「決まってんだろ。こういう場合は...」
『先手必勝!』
 全員の声が綺麗なハーモニーを作り出していた。

 客間の畳の上は臨時の作戦会議場になった。
「で、具体的にどうする?」
「建築会社の事務所がある場所は分かってるんだ。とりあえず、そこに忍び込んでみようと思ってるんだ」
 諒は鞄の中から黒っぽい服を選び始めた。
「今からか?」
「あんまり時間がない。祭りは楽しむものだから」
「それもそうだな。俺も行こう。軍手でもいいから手袋をもらってこい。犯罪者にはなりたくないからな」
 南条も黒に近い色の服を取り出す。
「了解」
「俺らは?」
「全員で行ったら多すぎる。それにここの家に来ないとも限りないだろう?」
 その可能性を聞いた諒の方が身体が固まってしまった。
「大丈夫、諒君。ここは絶対私たちが守るから」
「一宿一飯の恩義ってやつっすね」
「安心して行ってきな」
「...ありがとう」
 夜半を回る頃、諒と南条は出かけていった。

「ここか?」
「ああ。ここの三階と四階を使ってるらしい」
「見張りとかはいないですわね」
「! え、...ん」
 大声を出しかけるのをお互いの口に手を当て、辛うじて堪える諒と南条だった。
「エリー...どうしてここに?」
「もう一人くらいなら大丈夫だから行ってこいって、Yukinoに言われたの」
「......わかった。時間が惜しい。行こう」
 彼女は行動力溢れる女性だったと改めて思い知りながら、諒はビルの中へと入っていった。

『MOON・夜魔サキュバス』
 最初に諒の呼び出した妖艶な妖魔で眠りを振り撒いてから、そのまま中にペルソナを入れて鍵を開けた。
 監視カメラなどが無いことを確認して室内を調べ始める。
「......これは測量地図かな」
「ああ。そのようだな。この間お前が見た人間というのも、恐らくは測量をしていたのだろうな」
「勝手なことを......」
 諒の声に苦々しげなものが混じる。
「二人ともこっちに来て」
「ん?」
「これは...裏帳簿だな。特に建設会社は賄賂が横行しているというからな」
 南条は軽く目を通して、それを懐に収めた。
「匿名で検察にでも送っておこう」
「よろしく頼む」
「これで大人しくなってくれると助かりますわね」
「うん。目的も達したし、帰ろう」
 明け方近くに戻ってきた三人だが、全員が起きて待っていた。
「お疲れ様、収穫はあったかい?」
「ああ。これを検察に送っておく。この島からよりは、向こう岸の方からの方がいいだろうな」
「明日にでも孝嗣さんに船を出してもらう」
「じゃ、少し休みますか」
 朝食の準備が出来たと皐月が起こしに来るまで全員が熟睡していた。

「では、まずは郵便局へ行くか。早い方がいいだろうからな」
 南条は大判の封筒を軽く掲げてみせた。
「じゃ、俺も行くよ。他の皆はコンビニに用があるんだろ? この海岸沿いを進めばYin&Yanがあるから」
「こんなとこにまであんのか? あのコンビニ」
 マークは呆れたと言わんばかりに肩を竦めた。

 郵便局は町の中心部にぽつんと立っていた。
「速達で頼めるか?」
 南条の差し出した封筒に局員は手際よくハンコを押していく。
「あんた、真田さんちの坊ちゃんじゃろ?」
 代金を払って帰ろうとする諒を一人の老人が呼び止めた。
「え? ええ。そうです」
 そう答えた諒に郵便局にいた客が話し掛けてくる。
「今からお屋敷に帰られるんかの? じゃったら、旦那様と大奥様によろしゅう言っといてくださらんかの。先月のしけの時は町の皆が色々とお世話になったからの」
「ほほ、この町で真田の旦那様にお世話になっとらんもんはおらんが」
「それもそうじゃのぉ」
 諒は必ず伝えると彼らに言って、先に郵便局を出ていた南条と一緒に港への道を歩き出した。
「...ここはいいところだな」
 港につく寸前、南条は一言そう言った。

「お帰り!」
「頼んでたもの買ってきてくれた?」
 屋敷に戻ると早速買ってきたものの精算が行われ始める。
「何かあった?」
「特には何もないよ」
 ゆきのは諒の質問に首を振った。
「あ?あ、めんどせえよなぁ。一気に力技で来てくれたら、ソッコーで返り討ちなのによ」
「...サルが」
「あんだとぉ、この野郎!」
 毎度恒例の口喧嘩が始める。それを余所に諒は井戸から朝から冷やしていた西瓜を取り出して切り分けた。
「おーい。喧嘩してる奴は放っておいて、こっちで西瓜食おう」
「俺様、大賛成!」
「あー、アヤセも!」
 早速冷えた西瓜にブラウンとアヤセが走り寄る。
「エリーも」
「Thanks,Ryo.」
 諒に差し出された西瓜をエリーも口に運ぶ。
「おいしい...」
「ああ、じいちゃんが裏の畑で作ってるやつだからな」
 縁側に座っていた彼女の隣に諒も座って西瓜に齧りつく。滅多に戻ってこられないが、諒はここの穏やかな雰囲気が好きだった。そんな何だか楽しそうな彼の様子を見つめていたエリーも微笑みが自然と浮かんできていた。
「ん? どうしたの? エリー」
「いいえ。何でも」
 不思議そうな諒に微笑みと共に答えておいて、エリーは西瓜をまた口に運んだ......

 次の日は朝から花火が打ち上げられ、祭が行われる事を主張していた。
「みんな、よぉ似おうとるのぉ。娘のやつじゃが残しちょいてえかったわ」
 諒の祖母は皐月と一緒に女性陣に浴衣を着付けながらそう言って笑った。
 一方、男性陣も浴衣と奮闘して着替えていた。
「何で俺まで...」
「まぁまぁ、そう言うなって。何事も経験だろ?」
 眉を寄せつつ着替えている玲司をマークが宥めている。
「稲葉がそんな事を言うとは明日は雨かもしれんな」
 南条は慣れないながらも何とか着終わったようだ。
「うるせぇよ。...言い出しっぺはどこ行ったんだ?」
「真田なら、とっくに着替えて祖父殿に会いにいったぞ」

「じいちゃん」
「おお、諒か。よぉ似おうとる。ますます京介君に似てきよる」
 目を細める祖父に諒は首を傾げる。あまり自覚はない。
「そうかな?」
「そうじゃ。昔はこぉんなこまい子供じゃったのに」
 座った祖父は肩より少し上に手をあげた。
「段々大人になっておるんじゃのぉ...。京介君や里緒に見せてやれんのが、ちぃと寂しいがの」
「そうだね...」
 諒が着ているこの浴衣を昔の親父が着ていたのを覚えている。何だか不思議な気分だった。
 その時、祖母が入ってきた。
「ばぁちゃん」
「諒、皆さんまっとられるよ」
「うん。じゃ、二人ともまた後でね」
「気ぃつけていきんさい」
 笑って見送ってくれる二人に手を振り返して、諒は待っている仲間のところへ向かった。

「へぇ、意外と人が多いな」
「ああ。周りの島や対岸の街からも人がくるしね」
 八幡様にお参りを済ませた後は出店巡りである。
 たこ焼き、焼きそば、わたあめ、カキ氷、リンゴ飴、金魚すくい、射的.........

「この上からが一番よく見えるんだ」
 一通り楽しんで満足した一行は、諒の案内で花火が良く見える場所へと向かっていた。
 そこは温泉のある場所から少し離れた場所にあり、水上花火が全て見える特等席だった。
「さっすが地元! 穴場をご存知で!」
「アヤセ、ここー!」
 各々好きな場所でくつろぎながら花火が始まるのを待つ。
「何をくつろいでいるんだ?」
 そんな彼らの背後に現れたのは、例の男たちだった。
「お前らは花火なんて見る余裕は無くなるんだぜ?」
 今度は油断なく周囲を固める。
「この前は変なガスを使うとは知らずにやられたが、今度は油断しない」
「諦めて帰ればいいのに」
 諒はそう言って肩を落とした。
「そうっすよ。しつこい人は嫌われるって言うっしょ?」
「人が楽しんでるのに、さいてー」
「全くだね」
「...潰すか?」
 玲司は一番近くに立っていた奴に殺気のこもった視線を送る。
「ペルソナは?」
「精神系とかなら構わんだろう。後はただの人間に使うと両手が後ろに回るぞ」
 稲葉の問いに南条はそう答えた。
「だね」
「では、花火が始まる前に片付けてしまいましょう」
 麻希とエリーも楽しい時間を邪魔されて怒っている。
「や、やってしまえ!」
 勝負は一瞬だった。

「やれやれ」
「歯ごたえのない連中だ。見掛け倒しだったな」
 玲司は両手を軽く叩いた。
 最後まで残った男に視線が集中する。
「こ、このガキどもが!」
 冷静な判断力を失った彼は、最前列にいたゆきのの首に腕を回してナイフを突きつけた。
「お前らのせいで! 俺たちの計画がめちゃくちゃだ!」
「だろうね。そのつもりで動いたから」
 諒の顔に怯えのようなものは見られない。
「しかし、黛を人質にとるとは......」
「信じられませんわ」
 マークとエリーは一歩、後ろに下がった。
「人間は頭に血が昇ると冷静な判断を下せなくなるという、良い見本だな」
「よりによって、姉御を人質に取るなんて...冷静な判断とは思えないっすよね?」
 南条とブラウンは後ろで同情するような視線を男に送っている。
「な、なんだ? お前ら...」
「...いい加減にしな!」
 いつまでも放そうとしない男にゆきのは一撃を叩き込んだ......