[ Trick or treat ? ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
HAPPY HALLOWEEN !!

 山が色付き気温が冬に向けて下がり始める十月の終わり。仕事で出かけていたかえでと加山が、夕方になって大量のカボチャを抱えて戻ってきた。
「どうしたんですか? そのカボチャ」
 ちょうど通りかかった大神は玄関に積まれた黄色の山に目を丸くする。カボチャにしては色が黄色なのが気になるが、確かにカボチャだった。一番大きなものなど赤ん坊より大きい。
「明日からの食事をカボチャ尽くしにでもするつもりですか?」
 かえでからカボチャを受け取った大神はため息と共に尋ねた。
「違うわよ、大神君。ハロウィンって知らない?」
 初めて聞く単語に大神は首をかしげた。
「アメリカやヨーロッパで行われているお祭でね。このカボチャをくりぬいてロウソクを灯すのよ」
 かえでの説明に大神の頭にはますます疑問符が飛び回る。
「マリアや織姫、アイリスとレニは知ってると思うわよ。後で聞いてみたら?」
「...そうします」
 台所に運び込んだカボチャの山を見て、大神は思った。しばらくカボチャ尽くしは確実だと...。
「加山君も参加するでしょ? ハロウィンパーティ」
「勿論です、副指令」
「パーティ?」
 大神はその単語に何かイヤ?なものを感じ取った。
「そう。ハロウィンでは仮装パーティをするのよ。大神君も何か考えておいた方がいいわよ?」
 かえでのにこやかな笑みに大神は勇気を振り絞って尋ねた。
「不参加...なんて事は......できませんよね」
「あら、別にいいわよ」
「え?」
 その返事に大神は驚いた。なにせ以前、肝試しの時には『上官命令』を使われ強制参加だったのだから。
「ただし...」
 かえでは更に笑みを深くして続けた。
「アイリスやさくらには大神君から不参加の理由を説明してね」
「ええ!」
 そんな殺生な! と叫びたくなってしまった。
「じゃ、そういう事で。大神君の仮装、楽しみにしてるわ」
 かえでは軽く手を振ると、台所から出て行った。その後に続いていく加山の笑顔にカボチャを投げつけてやりたい衝動を辛うじて堪えた大神は、調理台に置かれたカボチャに思わず懐いていた。
「はぁ......」
 そのままの格好で、参加しないと言ってみた時のことを考えてみる。......不可能だ。とりあえずハロウィンについて、マリアに詳しく聞いてみよう。そう考えた大神は、マリアを探しに出かけた。

 その頃、マリアは書庫で新しく入った本を読んでいた。そこへ大神が何故か疲れた顔をしてやってきたので、彼女は頁をめくっていた手を止めて顔を上げた。
「どうされたんですか、隊長?」
「マリア、ハロウィンって知ってる?」
 大神は書庫に置かれている机に突っ伏すようにもたれかかると、マリアを上目遣いに見上げて尋ねた。
「ハロウィンですか? ええ、まあ。知っていますが、それが何か?」
「今度、仮装パーティをするんだって」
 大神はそのままの姿勢でため息を零す。
「何をするお祭なのか教えて欲しいんだけど、いい?」
「勿論、構いませんよ。ハロウィンというのは...」
 マリアの説明によれば、ハロウィンというのは「万聖節」という聖人を祭るキリスト教の祭日の前夜祭なのだそうだ。
「元はケルト人のお祭で、秋の収穫を祝い、冬の始まりを迎えるにあたって悪霊を追い払う祭だったそうですよ」
「...それがどうして仮装パーティになるんだい?」
 不思議そうな大神に微笑んでマリアは続けた。
「ハロウィンにはカボチャでジャックオランタンを作って、夜になると怪物の格好をして近所の家を訪ね歩いて『Trick or treat?』お菓子をくれないと悪戯するよと言ってお菓子を貰うんです」
「なるほど。それであのカボチャの登場って訳か」
 大神の脳裡に台所に積んであるカボチャが浮かぶ。
「じゃ、お菓子も用意しないといけないのかい?」
「悪戯されたくなければ、用意されておいた方がいいと思いますよ? すみれや織姫はともかく、紅蘭やアイリスにされる悪戯というのは...」
「用意する。絶対にちゃんと用意しておく」
 考えるだけでも恐ろしい。大神はマリアの言葉を遮って言った。
「しかし...そうなると何に仮装をするか考えないといけないのか...」
 大神の悩みは尽きそうにない。

「おはようございます、隊長」
「おはよう、マリア。今日はこれをくりぬくんだっけ?」
 台所に置かれたオレンジ色のカボチャを軽く叩いて苦笑いを零した。
「はい。中身はパイとかにしますので、こっちのボールに入れてください」
「カボチャをパイにするの?」
 カボチャといえば煮付けや天ぷらしか知らなかった大神は目を丸くした。
「ええ。日本のカボチャと違って、このカボチャは柔らかくて煮崩れするのでパイかスープにするのが一般的ですね。コロッケなどにしても美味しいですよ」
 マリアは朝ご飯の用意をしながら、大神に説明をする。
「ふ?ん。そうなんだ」

 食事が終わると、大神はカボチャと格闘し始めた。半端でない数と大きさのカボチャを相手に、作業が終わるころには汗びっしょりになっていた。

 そして、ハロウィンの夜。
「いよぉ、大神。準備は出来たか?」
 窓の外で逆さにぶら下がっている加山は、黒いマントに身を包みニヤリと笑った。その口からは犬歯がのぞく。
「...本当にこんな格好をするのか?」
 一方、大神は特製の手袋をにぎにぎと加山に見せる。その手袋には茶色の毛が生え、爪とニクキュウがついていた。ズボンにはふさふさの尻尾が揺れている。
「大神だけに『オオカミ』男にしたんだが...気に入らなかったか?」
 加山の視線の先には、ちゃんとマスクも準備されている。
「いや...そういう意味じゃなくて...」
 ここまですることはないんじゃないか? 大神は手袋を嵌めてため息をつく。
「それより、ちゃんとお菓子は用意したのか?」
「ああ。ほら、お前の分」
 仮装用の衣装を加山が用意する代わりに、大神が彼の分のお菓子も作ったのだ。カボチャのマドレーヌ。勿論、手作りである。
「よし、行くか」
 大神は紙袋を手に気合を入れた。その後姿に加山は苦笑いを零す。どうみても、あの勇猛果敢な花組隊長には見えない。敵がみたら泣きたくなるのではないだろうか。
「何してるんだ。行くぞ」
「ああ、わかってる」
 そんな事を考えながら、加山は大神の後に続いた。
 サロンに用意されたパーティの料理の前には、すでにかえでが座っていた。
「二人ともよく似合ってるわよ」
 大神と加山にかえでは手を振る。彼女の格好に、二人とも耳まで赤く染めた。
「か、かえでさん! それは...!」
「...似合わないかしら?」
 かえでは自分の格好を見下ろし、眉を寄せた。
「と、とんでもありません! 副指令、とてもよくお似合いです!」
 加山の言葉に機嫌を良くしたのか、人魚の格好をしたかえではにっこりと笑った。
「加山君も格好いいわよ」
 この言葉に加山はパーティの間中、かえでの従順な下僕と化していたそうである。

「Trick or treat?」
 大神はサロンに集まってきた皆に、その毛むくじゃらな手でカボチャのパイを配っていく。加山とは違うお菓子にしたあたりマメな男である。
 さくらは魔女に扮して箒を持ってやってきた。掃除好きの彼女らしい。
 紅蘭は光武のきぐるみを着て現れた。その後、爆発してしまったのはお約束というものだろう。
 カンナはターザンの格好をして、サロンの料理に齧り付いている。
 すみれと織姫は天使と悪魔の衣装を取り合ったらしく、黒い服に白い羽、白い服に黒い羽と互い違いになっていた。
 レニとアイリスはピーターパンとティンカーベルとなってサロンに現れた。
「...格好いいフック船長だね」
 アイリスとレニに付き合わされたマリアは、フック船長の格好をしていた。大神は彼女の隣にやってきて笑った。
「あの二人に頼まれてはノーとは言えなくて......」
 マリアはグラスで苦笑いを隠す。
「それもそうだね」
 大神もそう言って鶏の足に手を伸ばした。手袋で掴みにくいのだろう。必死に両手で鶏の足を支える彼の様子は狼というより、大きな犬のようでマリアは肩を震わせて笑った。

 アイリスとレニが眠る時間になると、パーティはお開きになる。それぞれ空いた皿や残った料理を簡単に片付けると、仮装を落として自分達の部屋に戻って行った。
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
「おやすみ、隊長」
 大神がアイリスとレニを部屋に送ってサロンへ戻ってくると、残っているのは加山とかえで、それにマリアだけだった。
「大神君もマリアもお疲れ様。ここの片付けは明日でいいから。おやすみなさい」
「はっ。それではお先に失礼致します」
 大神は軽く敬礼をすると、マリアを促してサロンを出て行った。
「...犬のお巡りさんにしか見えないぞ、大神」
 加山が苦笑いの表情で呟いた言葉を聞いたかえではプッと小さく吹き出した。
「送り狼に見えないところが、大神君らしいわね」
「マリア君を連れて行っているのにですか?」
「マリアが、まさか海賊の扮装をしてくるとは思わなかったわ」
 今度はかえでが苦笑いを零した。
「女海賊を襲う狼男...というのも悪くないと思います。第一、本人たちにそんな事は関係ないでしょうし」
「...それもそうね。ところで、加山君」
「なんでしょうか? 我が姫君」
 加山は右手を左胸に当て大仰に礼をする。
「この格好だと歩けないのよ。部屋まで連れて行ってくれないかしら?」
「...仰せのままに」
 加山は微笑を浮かべ、ソファの上からかえでを抱き上げた。

 その頃、マリアは自分の仮装を解く前に、大神のマスクを剥がしていた。加山が特注したそれは、月組が変装用に使う素材を使っており大神一人で取るのは大変だったのだ。
「ふぅ...ありがとう、マリア。助かったよ」
 漸く自分の顔が空気に触れて気持ちいい。
「次はその手袋ですね」
 そう言ったマリアを制した大神は両手を差し出した。
「Trick or treat?」
 ニコニコと満面の笑顔でマリアからのお菓子を待っている。
 マリアは微苦笑を見せる。仮装を落とす方が先だと思うが、そう言っても「こっちが先」と言って聞いてはくれないだろう。この青年は意外に子供っぽいのである。
 彼女はふと悪戯心が湧いた。
「Trick」
 てっきりお菓子をもらえるものと待っていた大神は、マリアの答えに目を丸くした。その表情に彼女は肩を震わせて笑い出す。その様子に唖然としていた大神だったが、何かを思いついたようだ。
「......わかった」
 そう言うと、マリアの肩を特製手袋で覆われた手でがしっと掴んだ。
「え?」
「悪戯してあげよう」
 大神はマリアに襲い掛かった......

 次の朝、マリアはベッドの中でもう一度同じ質問をされ、今度はちゃんと手製のマドレーヌを手渡したそうである。