[ X'mas Night ]

[ 女神異聞録 ペルソナ ] BE YOUR TURE MIND.
やきもちをやく主人公

 十二月に入り、街はクリスマスの色に染まり始めていた。
 そんな楽しい空気の中、聖エミルンの二年四組の教室には切迫した声が響いていた。
「だぁー! わっかんねぇー!」
「自業自得だな」
 二週間後に控えた期末試験のために、教科書と悪戦苦闘しているマークやブラウンに南条の声が冷たく降りそそぐ。
「そういうお前は何してんだよ」
「俺はお前らと違って日々精進しているのでな。これはさらに自分を高めているにすぎん」
 確かに南条が捲っているのは、教科書ではない。
「Ryoは何もしなくていいの?」
「ん?。やる事はやっている」
 エリーの質問に、諒は机の上で陽だまりを楽しみながら答えた。その手には反三国志がある。
「...Ryoが真面目に勉強したら、Keiに勝てるかも知れないのに」
 大好きな歴史以外は平均点より少し上をキープしていればいいと、諒は思っているようだ。
「全くだな」
 エリーの言葉に南条も苦笑を浮かべている。
「まあ、そういうところがお前らしさだろうがな」
「それよりさ。クリスマス、どうする?」
 諒の思考は、期末試験など通り過ぎているようだった。南条はエリーと顔を見合わせ笑った。
「どこかに遊びに行くのもいいよね」
「ふむ...悪くないな」
「何々? クリスマスの話?」
「皆でどっか行く??」
「勉強が先だろう、サル」
「んだと! この!」
 勉強なんてそっちのけで、口喧嘩が始まる。諒は本を閉じて笑っていた。
「何を笑ってる! 真田!」
「稲葉、南条! さっさと席につきな!」
 二人の声が綺麗なハーモニーを作り出した時、冴子の一喝が教室に響き渡った。

 無事にテストも終わって、明日は終業式だ。それが終われば、ささやかなクリスマスパーティをすることになっている。
「クリスマスか...」
 両親が死んでからは、クリスマスは一人で過ごしてきた。
 久しぶりにクリスマスは楽しいものになるだろう。あの仲間となら、きっと必ず。
「さて...プレゼントどうするかな」
 プレゼントを考えるのは初めてだ。両親が生きていた時は貰うばかりだった。
 ショーウィンドウを眺めていると何故か楽しくなって、口元に微かに笑みが浮かんでくる。彼が感情を露わにする事は滅多に無い。
「エリー...?」
 買い物を終えて店から出てきた時、ウィンドウに映ったのは間違いなく彼女だった。道路の反対側にいるエリーは何かを探しているようだ。
 側に行こう。振り向いて彼女のところへ。
「!」
 彼は足を踏み出すことが出来なかった。
 南条とエリーが並んで歩いているところなんて、見なかった。そう自分に言い聞かせて家へと足を向けた。

 家に帰っても、胸の奥に生まれもやもやとした黒い影は晴れない。
 諒は困ったようにため息を吐いて、ソファへと沈み込んだ。

 そして、終業式が終わり...クリスマスパーティが始まる。
「メリークリスマス!」
 近所のカラオケボックスで始まったパーティは、盛り上がっていく。その中で、諒は一人だけ沈んでいた。
「Ryo? どうしたの?」
 隣に座ったエリーに言う訳にもいかず、諒は言葉を濁すしかなかった。

 そして、パーティは終わり、諒は夜の街へと歩き出そうとした。
 その時。
「Ryo。一緒に帰りましょう」
 エリーに腕を掴まれた。
「南条はいいのか?」
「? Kei?」
「...いや、いい」
 諒はコート越しに伝わってくるエリーの温もりを感じながら歩き出す。
「ねぇ、Ryo。ちょっと公園に寄って行きましょう。...渡したい物もあるし」
「?」
 エリーの手に引かれながら、最後の言葉に諒は首を傾げた。

「どっち?」
 自動販売機で買ってきた珈琲と紅茶をエリーに差し出す。
「じゃ、こっちを」
 エリーは紅茶を選んだ。その彼女の隣に座って、さっき言っていた『渡したい物』とは何だろうか。そんな事を考えながら、諒は両手で包むようにして珈琲を啜った。
「ふふ...Ryoって寒がりよね」
 彼女の言葉に黙って頷く。確かに、こんな寒い日は暖かい布団に包まっていたいと思う。学校へ行くのだって、結構辛い。
「だから...これ」
 そんな事を考えていた彼の首に、白いものが巻かれた。
「......これ?」
「手袋にしようかと思ったのだけど...、KeiがRyoは暖かそうなものを持っているからって」
 マフラーをきちんと諒の首に巻きながら、エリーは話し始めた。
「南条?」
「ええ。この間、終業式の前の日にKeiにお願いして買い物に付き合ってもらったの。どんなものがいいのか、意見を参考にしたかったから。はい、これでいいわ」
 エリーの手で巻かれたマフラーはとても暖かい。
「気に入ってもらえたかしら?」
「.........」
 諒はマフラーをぎゅっと握ってみた。毛糸のフワフワが気持ちいい。何度も何度も触る。
「Ryo?」
 そんな子供みたいな事をくり返していた諒に、エリーが声をかけた。
「え? あ、うん。とても嬉しい、ありがとう」
 答えながらも手はマフラーを触っている。
「よかった」
 エリーの笑顔に、ついさっきまで心の奥にあった黒い影は消え失せてしまった。
 彼女の行動一つで、こうも自分の心が動いてしまう。そんな自分に驚きながらも、諒は嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう」
 諒はもう一度、そう言った。
 そして、コートのポケットに入れていた小さな箱に触れる。
 箱の中身は、天使の羽をかたどった小さなペンダント。
 見た瞬間、エリーに似合うと思った。
「あのさ...俺もあるんだ。渡したい物」

 恋人たちのクリスマスはまだ始まったばかりだった――――