[ You're My no.1 ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
HAPPY BIRTHDAY !!

「水無月と書くのにこの降り続く雨は、何?」
 テラスで外を眺めていた大神は思わずそんな事を呟いていた。
 今、外はまさに『バケツをひっくり返した様な』土砂降りだ。確か今日で三日目になる。増水のため河川には近付かない様に警告が出ている筈だ。
「梅雨とはいえ......。凄い雨だよなぁ」
 などと大神が変に感心していると。
「隊長」
「マリア」
 呼ばれる声で解る。大神は笑顔で彼女へと振り返った。
「サロンでお茶にしませんか? 今、かえでさんが戻られたんです。お土産にシフォンケーキを持って」
「それはいいね」
 大神は甘いものが苦手だったが、嬉しそうにそれらを食べる皆の顔を見るのは好きだった。
「はい」
 マリアも微笑んでそれに答えた。
 二人がサロンに入ると、そこでは着々とお茶会の準備が進められていた。
「かえでさん。この雨の中、ご苦労様でした」
「ううん。今日は知っている人に会ってきただけだから、そんなでもないのよ。それより大神君。後で話があるから、部屋まで来てくれる?」
「はい」
 何の話かは解らないが、大神は頷きを返した。
「詳しい話は後にしてこれをいただきましょ。きっとおいしいわ」
 かえでが切り分けたシフォンを皿に載せると、その隣へさくらがアイスクリームを添えていく。
「あ?、アイスだぁー」
 それを見て、アイリスは目を輝かせた。
「今日はアールグレイにしてみましたわ」
「めっちゃ良い香りですわ」
 すみれの煎れているお茶は、独特の少しくせの強い香りを辺りに漂わせている。紅蘭も甘いものには合うやろと笑って、その香りを嗅いでいた。
 お茶を楽しみながら舞台の進行具合など話し合う。間もなく次の公演も始まる。話には当然熱が入り、お茶会は思ったより長くなっていた。

 かえでは扉を叩く音に振り返り、扉の向こう側へ声をかけた。
「開いてるわ。どうぞ」
「失礼します」
 大神は部屋に入り、かえでの前で直立不動の姿勢を取った。
「それでお話というのは何でしょうか?」
「そんなにかしこまらなくていいわよ。マリアの誕生日の話なんだから」
「は?」
 大神はてっきり華撃団の話だと思っていたようだ。かえでは思わず笑みを零していた。
「そう。『誰かさん』の最愛のマリアの誕生日の話」
「!」
 大神は冷や汗を流しつつ、顔を赤くするという困難な作業を一瞬のうちに行っていた。
「ま、その『誰かさん』については深く追及はしないわ。今月の十九日なのは、知ってるわよね?」
 無論である。大神は無言で頷く。
「次の日が公演の初日なのも知ってるわね?」
 そっちは知らなかった。というより、考えてなかった大神であった。
「米田支配人が公演の前祝いも兼ねて簡単なパーティを開いてもいいと言って下さったから、準備をしたいの。出来れば、マリアには内緒で。加山君にも手伝ってもらうから......」
 雨の降るこの日の午後。副司令室では月組の隊長も呼ばれて、秘密の話し合いが持たれる事となった。

 次の日からマリアには秘密の計画が動き始めた。花組の面々は舞台の練習、かすみ達は事務手続きと忙しい。となれば当然、大神と加山が準備に奔走する事となる。
「加山、買い物行ってきたぞ」
 両手に持ち切れないほどの荷物を抱えて大神が帰ってくる。加山は屋根裏部屋で一生懸命に飾りを作っていた。大神もすぐに加山を手伝い始める。作業をしながら、当日の献立などについて話し合った。
「ケーキは?」
「副司令が知り合いの方に頼まれたそうだ。この前お茶会で食べたシフォンを作った人だから安心してもいいだろう」
「じゃあ、前菜に中華風の刺身と冷しゃぶを作って......あ、待てよ? すり身のゆば巻き揚げとかもいいかな......?」

 大神がそんな忙しい日々を過ごしているなどと、マリアは全く気付かずにいた。まさに快挙といえよう。大神がマリアに隠し事をして三日以上もった試しはないのだから。これも全てマリアを驚かせたいという一心で頑張った大神の努力の賜物だった。

 マリアの誕生日前日、大神は準備が一段落付いたところで、また降り出した雨の中を街へと出かけた。大通りから一歩入った所にある落ち着いた雰囲気の店に入る。
「すみません。大神といいますが、注文していたものは出来ていますでしょうか?」

「かえでさん、お帰りなさい」
 大神は玄関でかえでを出迎えた。かえでは車の中の人へ礼を言うと、大きな箱と花束を抱えて降りてきた。
「お迎えご苦労様。料理の方は進んでる?」
「はい。加山はあれでなかなか良い腕をしてますし、今はかすみさんも手伝ってくれていますから」
「そう。じゃあ、荷物を片付けたら私も手伝うわ」
「お願いします」
 大神は一礼する。
「あ、大神君」
「はい?」
「ちょっと舞台を見てきてくれる?」
「はい」
 実は大神も気になっていた所だ。頷いて舞台袖へと走っていく。そんな大神の姿にかえでは思わず笑っていた。背中に『心配』という文字が見える様な気がしたのだ。

 舞台袖には出番を待っているマリアがいた。
「マリア」
「あ、隊長?」
 マリアは突然やってきた大神に少し驚く。
「どう?」
「今の所は順調です。特に何もありません」
「そうか。良かった」
 大神は安堵の笑みを浮かべる。帝劇ではハプニングの起きない公演の方がとても珍しいという人もいるくらいだから、順調の一言はとても嬉しいものだった。
「マリアはん、次、出番でっせ」
「紅蘭」
「ほらほら、はよう」
「いってらっしゃい。頑張って」
 大神は軽く手を振ってマリアを舞台へ送り出した。
「で? そっちの方はどうでっか?」
「こっちも順調にいってるよ。かえでさんもさっき帰ってきてくれたし、後は料理の仕上げだけだよ」
 紅蘭と大神は一転して悪徳代官と商人のように話しだす。
「こっちは何とか頑張りますさかい、大神はんも頑張ってや」
「了解。じゃ、俺は戻るから」
 もう一度だけ舞台に視線を向けてから大神は厨房へと戻っていった。

「加山君、そろそろサロンに料理を運ぶ?」
「そうですね。冷菜なんかは準備済んでますし」
 そういう加山は塩の塊をオーブンに入れようとしているところだった。
「大神君、手伝ってくれる?」
「いや、その...。今はちょっと......」
 大神は挽き肉と格闘中の自分の手とかえでを見比べて困っている。
「......そうね」
「私が手伝いますよ。これはしばらくオーブンに入れていればいいですから」
 加山はエプロンで軽く手を拭いて立ち上がった。
「じゃ、お願いするわ」
 大皿を持って辺りを見回し、加山とかえではサロンへと向かっていった。
「なんだか、泥棒みたいですね...」
 かすみの感想に大神は乾いた笑いを零していた。

「皆、お疲れ様」
 舞台が終わって楽屋に集まった花組の元に大神が顔を出した。
「大神さん!」
「舞台、うまくいったぜ!」
 皆、笑顔で舞台の成功を喜んでいる。
 マリアとさくらが衣装部屋へ行った隙に大神は手順を確認した。
「準備は全部終わったから、各自着替えて二一〇〇時までにサロンへ集合ね」
 大神の言葉に全員がしっかりと頷く。
「カンナ、マリアの事は頼んだよ?」
「任せてくれよ」
 カンナは笑ってガッツポーズを見せた。
「じゃ、後はよろしく」
 大神はマリアが戻ってくる前に部屋を出てサロンへ向かった。
「あら? 隊長は?」
 一方、戻ってきたマリアは大神の姿が消えていることに首を傾げた。
「何かまだ仕事があったみたいで出ていかれましたわ」
 すみれはそれだけ言うといつもの通りさっさと楽屋を後にする。
「ほな、うちもお先に」
「あー、アイリスも。レニ、行こ」
「了解」
 彼女に続くようにぞろぞろと部屋を出ていく。
「私もお先に失礼しますね」
 さくらがそう言って出ていってしまうと、マリアとカンナだけが残された。
「じゃ、あたいらも帰るか」
 カンナはニンマリと笑ってマリアを促す。そのままカンナはマリアの部屋に入り込み、時間稼ぎを始めた。
 その間に他のメンバーは続々とサロンへ集まっていく。
「うわぁ、おいしそうだね」
 テーブルの上には散らし寿司をはじめ、中華風の刺身、ピーマンの肉詰めなど様々な料理が所狭しと並んでいる。そして、料理の中心には生クリームで覆われ色とりどりの果実で飾り付けられたケーキが置かれている。
「よし、これで出来上がり」
 大神は最後の鯛の塩竃焼きを置いてテーブルを見回した。なかなかの出来栄えに満足そうに頷く。

「マリア、ちょっとお茶でも飲みにいこうぜ」
 さも、喉が乾いた風を装ってカンナはマリアを部屋から誘い出す。その様子を確認した加山は二人を先回りしてサロンへと戻った。
「目標が部屋を出ました」
「よし」
 全員がクラッカーを手にして入り口を狙う。
 徐々に話し声と足音が近づいてくる。それに合わせて皆の緊張も高まった。
「まったく、お茶くらい自分で煎れて飲めばいいのに......」
「だって、あたいが煎れるとなぁ」
 カンナはうまくマリアを先に立たせて扉を開けさせるのに成功した。扉が開くと同時に、
パンパンポンパンパパーン!
 とクラッカーの音が夜の帝劇に鳴り響いた。
「マリア、誕生日おめでとう!」
 全員から声を掛けられるが、突然の事にマリアは呆然としている。
「マリア、誕生日おめでとう」
 大神が花束を持ってマリアの前に進み出る。
「マリア?」
「え、あ、はい。......ありがとうございます」
 漸く衝撃から立直ったマリアは微笑んで真紅の薔薇を受け取った。
「さ、蝋燭を吹き消してね」
 かえでの言葉に加山は部屋の灯りを落とす。マリアは大神に先導されてケーキの前に立った。
『 Happy birthday to Maria 』
 そこにはそう記されている。マリアは胸に込み上げてくるものを押さえて蝋燭を吹き消した。
「よし! パーッといこう!」
「おー!」
 パーティは夜遅くまで続けられ、楽しい夜は更けていった。

 片付けは明日の事となり、各自部屋へと戻る時間になった。大神は他の皆が居なくなった隙を見つけてマリアを手招きする。
「マリア、ちょっといいかな?」
「はい?」
 マリアは大神の部屋に入ると、勧めらた椅子に座る。
「えっとね。その......これを」
 大神は外出着の上着から布に包まれたものを取り出した。
「本当は朝一番に渡したかったんだけど、パーティの事もあったから」
 微笑みながら、大神はそれをマリアに手渡した。
 中には黒塗りの手鏡が入っていた。鏡の裏には橘の花が彫り込まれていおり、その繊細な仕事ぶりに、すぐにそれが特別に作られた品だとわかった。おそらく随分前から注文していたはずのもの...。
「............」
「マリア?」
 マリアは贈り物を手に涙を零していた。
「...忘れられているかと思っていたんです。大神さんに憶えていてもらえなかったのだと......」
 大神は微苦笑を浮かべてマリアの前に膝をついた。
「俺は自他共に認める甲斐性無しだけどね、大切な人の誕生日を忘れたりはしないよ」
 そのまま手をマリアの頬へ伸ばし流れ落ちる涙を指でぬぐった。
「...誕生日おめでとう、マリア。これも本当は朝一番に言いたかったよ」
 大神はそう言って、優しく口付けた.........