寒い日はこれが一番。
暦の上では春になったが、まだまだ寒い日が続いている。
そのため、彼女がじっと見つめる先―――その光景は決して珍しいものではなかった。
「どうした? アルトリア?」
聞かなくてもわかるけれど、士郎は微笑みながら尋ねてみる。
「シロウ、前から気になっていたのですが」
彼女はそう前置きをして、視線の先にあった車を指差した。
「あの......ヤキイモというのは、どのような食べ物なのでしょうか?」
「字の通り。芋を焼いたものだけど」
「......それだけですか?」
なんでしょうか、その不信な瞳は。
「シロウ、私をだますつもりですか? 焼いただけ、などという雑な料理にあれほど人が集まる訳がないでしょう」
「本当だぞ? なんなら、帰ったら作ってやろうか? 幸い、家には藤ねぇが買ってきたサツマイモが箱であるし」
騙すつもりなら、覚悟を決めろと言わんばかりの彼女に、慌てて提案する。
「それは楽しみです。シロウが作る料理はとても美味しい」
極上の微笑みでこんなことを言われては、気合も入るというものだろう。
「シロウ、ヤキイモを作ってくれるのではなかったのですか?」
帰るなり庭掃除をしてくれと言った士郎に、アルトリアは首をかしげた。
「ああ。そのつもりだよ。だから、アルトリアにも手伝ってもらおうと思って」
はい、と渡された竹箒で掃除を始めるアルトリア。
時折、首を傾げる仕草が可愛いなどと思いつつ、士郎はヤキイモの準備に取り掛かった。
「だいぶ集まったな」
両手にアルミホイルに包んだイモを抱えて庭へ戻ってくると、いったいいつの間にと思うほどの落ち葉が山を作っていた。きっと庭中から集めてきたんだろう。途中で、『集めれば集めるほど美味しくなる』と本当のような冗談を言っておいたから。
「シロウ、いつになったらヤキイモを食べられるのですか?」
「はいはい。今から焼くから」
これで足りるかなと思いながら、士郎は落ち葉の山の中にイモを隠し、火をつけた。
焼きあがるまでの間、二人で縁側に並んでお茶を飲む。
お茶請けは、昨日買っておいた月餅。
「本当に、あれだけで美味しいものが出来るのですか? 焼くだけなどという雑な料理で、美味しかった記憶がないのですが」
かつて食べていた料理を思い出しているのだろうか。お茶を飲みながら、アルトリアは渋い顔をする。
「そうか? 焼鮭とか、塩を振って焼いただけだぞ?」
和食は素材の味を引き出すものがとても多い。
そのため『焼いただけ』という料理も数多くあるのだ。
「それは違います。微妙な焼加減や、塩の振り方。『ただ』焼いただけとは雲泥の差があります」
「なんだ。わかってるじゃないか。アルトリアも食べたらきっと好きになるぞ」
「そうなのですか? ......少し楽しみになってきました」
そういって、アルトリアは期待のまなざしを焚き火に向けた。
「そろそろかな」
落ち葉についていた火も自然に消え、二人の目の前にはこんもりと灰の山が出来ている。
中から取り出したイモは、中まで火が通りふんわりと柔らかく焼きあがっていた。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
その一つを、今か今かと待っていた少女に手渡す。
彼女の様子はまるでお預けをくらっている子犬のようだったが、そんな事は思っても口にしてはいけない。
ライブで大ピンチになってしまうから。
「ふむ......これはとても美味しい」
こくこくはむはむと食べるアルトリアは、とても幸せそうで可愛い。
「そっか。うん。よかった」
その横顔を眺めていた士郎も、ホクホクのイモを頬張った。
こうして二人で並んで食べるヤキイモも悪くない。というか、むしろいい。
「これはたくさん食べてもいいぞ。何でもおなかの中をきれいにしてくれるらしい。女性にオススメなんだそうだ」
次々とヤキイモに手を伸ばすアルトリアに、切嗣の言葉を思い出した士郎は、無意識にそう口にした。
「......シロウ? それは私が食べ過ぎているという事でしょうか?」
事によってはただではおかないといわんばかりの視線はやめてほしいと思う。
「い、いや...それは......その」
「シロウ、それ、本当?」
慌てふためいていた士郎に、イリヤが背中から抱きつく。
「イ、イリヤ? いつの間に?」
「ついさっき。気づかなかった? ......ははぁ」
悪魔っ子な微笑みに、士郎はちょっと泣きたくなったりした。
彼の周りの女性は、何事においても容赦ないのだ。
「そ、その笑みは何です? イリヤスフィール」
その微笑に危険を感じたのだろう。
アルトリアは、わずかにイリヤと距離をとる。
「まあ、今日のところは黙っておいてあげる。私にもそれちょうだい」
そんな彼女の様子に小さく肩を竦めたイリヤは、アルトリアが食べているものを指差した。
「はいはい。熱いから気をつけてな」
イリヤも一緒に縁側に座り、ヤキイモを食べ始める。
なんとも穏やかな昼下がりだった。
しかし、彼女が来たとなれば......
「士郎ー。なんかいい匂いするよー!」
虎や。
「ヤキイモですか?」
最近、黒くなってきた妹分や。
「ちゃんと私たちの分もあるんでしょうね?」
あかいあくまがやってくるのだ。
こんな平和で騒々しい時間を過ごせるようになるなんて少し前までは思ってもいなかった。
終わりなんてないけれど、いつだってここから始まり続けるのだろう。
士郎はそんな事を思い、空を見上げた。
空はあの日のように蒼く清んでいて――――
アア、本日ハ晴天ナリ――――