[ 聖なる鐘の鳴る夜に ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
MERRY X'MAS !! (3発売前捏造文)

 巴里。十二月ともなれば欧州各国はクリスマス一色となる。行き交う人々の顔もどこか華やいだ雰囲気の街を、大神は黒のコートに身を包みゆっくりと歩いていた。
「寒い......」
 吐く息が白く染まる。
 セーヌ川へ向かう途中にクリスマスマーケットが開かれているのを見つけ、大神はその中の一軒を覗いてみる事にした。中には手作りのオーナメントが所狭しと並べられている。
 天使がラッパを吹くオーナメントを眺めながら、大神は遠い日本にいる大切な人達の事を思った。

 元気だろうか。
 仲良くしているだろうか。
 それとも相変わらず喧嘩をしているのだろうか。
 そして...あの人はいつも喧嘩を止めているのだろうか。

 大神は店を出て、のんびりとした足取りで人込みを離れた。
 頭上に広がる青く澄んだ空だけは、その人といつもつながっている。そう思い、最近空を見上げる回数が増えているような気がする。こんな事ではいけないと分かっていながら、ふとした空白の時間に考えるのはいつもあの人のことで。
 情けないと言われるだろうな。
 大神は苦笑いを見せた。離れていても、その光景がありありと目の前に浮かぶ。
 それでも...あの人は最後に微笑んでくれるだろう。仕方ないですねと言いながら。
 大神は川辺にあったベンチに腰掛け、空を眺めた。
 確かにキネマトロンで顔を見、声を聞くことが出来る。
 だけど、触れることは叶わない。
 そう思うだけで、大神の表情は苦しそうに歪む。
 側にいたい。側にいて欲しい。
 大神の願いはそれだけなのに、それだけが彼の腕では掴めない。
「情けない」
 大神は両手で顔を覆い俯いた。任務中は考え事をする時間なんてない。だからこそ、こういう一人の時間が今は辛かった。
PIPI!
 突然キネマトロンに連絡が入った。かえでさんからのそれに、大神は急いでスイッチを入れる。
「はい」
『あら。今、外にいるの?』
 コート姿の大神を見てかえでは驚いたようだ。
『誰かとデートでもしてたのかしら?』
「かえでさん! 今日は休みをいただいて散歩をしているだけです。誤解を招くような事を言わないで下さい」
 大神は画面の向こう側にいるかえでに嘆願する。
『はいはい。それでね...』
 かえでは三日後のクリスマスイヴに花小路伯爵と共に巴里に行くことを話し、彼にその警護を頼みたい旨を伝えてきた。
「了解しました」
『ありがとう。そちらには私から連絡を入れておくから。でも、本当にクリスマスに構わないの?』
「ええ。勿論、全く問題ありません」
『...それもどうかと思うのだけど』
 力一杯否定した大神は、後に続いたかえでの言葉も聞こえなかった事にする。
『詳しい時間などはまた連絡するから』
「はい」
 かえでは軽く手を振って通信を切った。大神はキネマトロンの蓋を閉めてため息を吐いた。
「加山の奴も可哀想に...」

 三日後の早朝、まだ巴里の街にも人の姿が疎らな時間。大神は海軍の制服に身を包んで一艘の飛行艇が降りて来るのを見つめていた。
 巴里の中心部地下に造られた発着場に着いた飛行艇からは見知った人達が降りてきた。
「久しぶりだね、大神君」
「伯爵もお元気そうで何よりです」
 大神は敬礼を行い、花小路伯を迎える。彼のすぐ後ろにはかえでが従っていた。
「大神君も元気そうで安心したわ」
「お陰様をもちまして」
「相変わらず固いなぁ、大神君は」
 花小路伯は大神の様子にため息を零した。
「全くです、伯爵。折角花の都巴里に居るというのに」
 続いて現れた男を見て驚いた大神だったが、ここはあえて無視をする事にした。
「では、ホテルへご案内いたしますので...」
 が、そう簡単に見逃してくれるような相手ではない。
「ははは、大神ぃ。マリア君でなくてガッカリしたのか?」
「...死にたいならいつでも言え。息の根止めてやるから」
 図星を刺されながらも、動揺を顔に出さずに大神は加山へと詰め寄った。
「遠路はるばるやってきた親友にそれはないなぁ...」
 肩を竦め首を振る加山に、大神は今すぐこいつの首を絞めたいと切実に願った。
「それに、愛しのマリア君を放っておくのはよくない」
「狼虎滅却!」
 まだ言うかと大神は気を高めた。
「後ろ、後ろ見ろって!」
 マリアに関する事で大神をからかうのは、生死に関わる。それを身をもって知る加山は必死に後ろを指差した。
 大神は睨みつけていた加山から飛行艇のタラップへと視線を移した。
「―――――」
 自分の目が信じられないというのは、きっとこういう時をいうのだろう。
 大神の腕から力が抜け、加山は漸く解放された。
「マリア君も人が悪い。見ていたなら止めて欲しいなぁ」
「今のは、加山さんに問題があると思うのですが」
「......マリア?」
 加山が話し掛けているのを見ても、まだ信じられない様子だ。ここまで間の抜けた大神の顔を巴里の人間は見たことないであろう。
「お久しぶりです。隊長」
「...なんで?」
「マリアには帝劇を代表して巴里の劇場を視察してもらうと思っているのよ。で、大神君の任務は彼女の護衛」
 かえでは大神の肩を軽く叩いて、にっこりと笑った。大神は彼女と加山、そして花小路伯の顔を見て盛大なため息を吐いた。このメンバーにかなうわけがないと分かってはいても、やはりいじけてしまう。
「...それで加山が同行しているという訳ですか?」
「そういう事」
 笑顔で答えるかえでに本当にそれだけの理由かと疑いを持ったが、大神は何も言わなかった。代わりに先ほどから顔を緩ませきっている加山をめいっぱい睨みつけておいた。

「マリアは知っていたの?」
 ホテルの部屋へと彼女を案内した大神は、まだ少しいじけている様子だ。
「はい。...でも、かえでさんに秘密にしておくようにと言われて......」
 ここに着くまでの車中で大神は必要最低限以上の事を口にしなかった。
「一言くらい連絡くれてもいいのに......」
 そうしたら、プレゼントの一つでも用意できたのに...と壁に向かって呟く大神にマリアは微苦笑を零した。彼は怒ってはいない。ただ拗ねているのだという事に気付いたから。
「私は大神さんに会えて、とても嬉しいんですけど?」
 その言葉に漸く大神は顔を上げてマリアの方に向き直った。そしてしっかりと彼女を抱き締める。
「俺も...」
 今まで大神を苦しめていた心の棘が消えていく。
「...ずっとマリアに会いたかったんだ」

「でも、折角のクリスマスなのに何も用意がないんだ」
 マリアを抱き締めたまま大神は困ったように額に手をやる。そんな彼にマリアは笑みを浮かべた。大切なこの人は何も変わっていない。その事がこんなにも嬉しい。
「大丈夫です。これ...かえでさんから」
「ん?」
 それは今夜開かれるコンサートのチケットだった。
『今夜だけは大目に見てあげるから、いってらっしゃい。Merry X'mas』
『大神ぃ、クリスマスはいいなぁ』
 同封されていたカードに思わず苦笑いが零れる。
「大神さん?」
「いや、ここまで手の込んだクリスマスプレゼントは初めてだなと思って」
 大神は立ち上がり、マリアに手を差し出した。
「ご一緒願えますか?」
 マリアは微笑み、そっと手を重ねた。

 その日はクリスマスのみの特別なコンサートだったようで、クリスマスソングのフルコースが待っていた。賛美歌に始まり、赤鼻のトナカイまで入っているのには思わず笑みが零れた。

「クリスマスだけの特別な、か。去年の事を思い出すなぁ...」
 ホテルの部屋に戻った大神はクスッと笑った。
「どうかしましたか?」
「大したことじゃないよ」
 そう言いながらも笑うのを大神は笑うのを止めない。
「...気になるので教えてください」
「本当に大した事じゃないんだけど...奇跡の鐘の舞台が終わった後、君に届いていた山ほどのファンレターと贈り物を思い出して」
「...あれは凄い量でしたけど...」
 マリアは不思議そうな顔をする。そこまで可笑しいものがあっただろうか?
「嫉妬してたんだよ。俺」
「え?」
「だから...あの聖母に惚れこんだお客さんにさ。俺はプレゼント一つするのにも大変なのに、あんなに大勢の人が君に贈り物をしてるんだよ? しかも、嫉妬してくださいと言わんばかりの恋文もどきや花束なんだから......。平気な顔を取り繕うのに苦労してたんだよ? 知ってた?」
 そんなこと知るはずもない。
 微笑みを見せる大神をマリアはただ見つめていた。
「...し、知りませんでした。隊長がそんな風に思っていたなんて......」
「だからさ。こういう時にこそ、何か贈り物をしたいんだけどなぁ...。マリア、何か欲しいものとかない?」
 真っ赤になって俯くマリアの顔を覗き込む大神。
「わ、私は大神さんにこうして会えただけで......」
「...あいかわらず、マリアは欲がないなぁ」
 大神はマリアの手を取って微笑む。
「本当にないの? まあ、俺に出来る事なんてたかが知れてるけど」
「そんな事はありません」
 マリアは頭を横に振った。
「大神さんは...あなたはあなたにしか出来ない事をいつも私にしてくれています」
「マリア......」
「本当にこうして会えただけで私は幸せなんです......」
「でもなぁ...」
 ふわりと微笑んでくれるマリアに大神はちょっと拗ねたように言った。
「俺は何も君にしてあげられないのは、嫌だ」
 マリアと二人っきりの時の大神は、普段人には見せない子供のような顔をする。
「......本当にいいんですけど」
 困ったようなマリアの顔を見つめていた大神は、何か閃いて満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、こうしよう」
 大神はマリアを抱き寄せ、耳元に囁きかけた。
「俺を丸ごとあげるよ。帝都に戻った、その時に貰ってやって欲しいな」
「!」
 マリアの肩が驚きで震える。
「受け取り拒否と返品は出来ないから。そのつもりでね」
 抱き締めていた腕を少し緩め、マリアの顔を覗き込む大神の顔はいたずらっ子のように輝いていた。
「はい。...大切にいただきます」
 視界が霞んでいく。大神の腕の中で、マリアは幸せというものを感じていた。

 聖なる鐘の響く夜。目には見えなくてもそれは確かにそこにあった―――