[ 君を想う時 ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
嵐の前の静けさ。

 巴里の夏はとても暑い。
 帝都とどっちが暑いかなぁ...などと、蒼い蒼い空を見上げながら思考はどうしてもそっちの方へ行ってしまう。
「まさか...キネマトロンが繋がらない...なんてなぁ...。ニューヨークには繋がったのに......」
 アパートから程近い公園のベンチで、遠い街へと確かに繋がっているはずの空に向かって大神は力なく呟いた。

 大神がキネマトロンを受け取った後、真っ先にしたことはもちろんマリアの番号の入力だった。
 だが......いつまで待ってみても画面はただのノイズまま。入力を間違ったのかと何度か試したが、結局、四角い箱が愛しい人の姿を結ぶことはなく諦めるしかなかった。

「はぁ......」
「どうした、隊長? ため息なんて吐いて?」
「グ、グリシーヌ」
 大神は後ろから突然掛けられた声に、慌てて携帯キネマトロンをポケットにねじ込んだ。
「べ、別に何でもないよ...」
「ふむ...そうか?」
 そう言いながらも、彼女の目は全然納得してない。大神は乾いた笑いを零した。
「で、グリシーヌはどうしたんだい?」
「ああ、近頃は怪人たちの動きが大人しいだろう? 久しぶりに花火と買い物でも行こうかと思っているのだ」
「そうか......」
 グリシーヌの言葉に、大神は再び視線を空に向けた。
 確かに最近は出撃回数がかなり減っている。しかし、大神にはそれがかえって不安に感じる。
 これは何かの予兆であり、嵐の前の静けさではないのかと。
「隊長?」
「あ、ああ。ごめん」
 大神は困ったように笑った。
「ちょっと考え事をしていたものだから......」
 こういう時にふと浮かぶのは、東の果ての祖国にいる大切な人の事。
 マリアが居れば、この不安の意味が分かるかも知れない。そして彼女と一緒ならどんなことだって乗り越えて行けるのに...。今、二人の距離は果てしなく遠い。少し弱気になっている自分に気付いて、大神はちょっと情けなくなった。
「俺も付き合っていいかな? 荷物持ちでも何でもするから」
 こういう時は身体を動かすのが一番と、大神はベンチから立ち上がった。
「そうだな。私は構わぬぞ」
「じゃあ、行こうか」
 大神はグリシーヌを促して、歩き出した。

 公園から出る時、大神はもう一度だけ空を見上げた。
 同じように、あの人が見ているかも知れない唯一のものを。
「会いたいなぁ」
「何をしているのだ? 置いて行くぞ」
 大神はグリシーヌに叱咤されて、足を早めて彼女へ追いついた。

 大神はまだ知らない。
 巴里の危機は未だ去っていない事を。

 そして、気付いていない。
 その危機から彼を救う東方からの光が近付いてきている事を。

 白き狼が聖母に再会する日は近い―――――――