[ とどきますように ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
心を込めた贈り物。

「いよぉ?♪ 大神ぃ。もうすぐバレンタインだなぁ?♪」
 二月に入ってすぐの事である。いつものように加山は、大神の部屋を訪れた。
「...そうだな」
 大神は窓の外にぶらさがる加山に視線を向けることなく頷く。
「つれないな...」
「...そうだな」
「.........」
 加山は少し哀しそうに眉を寄せる。
「今年もかえで副指令からのチョコレートは頂けないかもしれないんだ」
「...そうだな」
「代わりに、と言ってはなんだが......マリア君からのチョコレート、貰っていいか?」
「...そ......んな訳あるか!」
 これまたいつものように適当に相槌を打っていた大神は、聞き捨てならない言葉に大きな声を上げた。
「俺だってもらえるかどうかわからないのに! 何で、お前に!」
「お、おおが、み...くるし......」
 もらえるか、もらえないか。それが問題。
 欲しいと望む対象はたった一人だけ。
 しかし、その日までの道程は辛く険しい......

「ねぇ、マリア。これ、もう大丈夫かな」
 今日は二月十三日。アイリスは今年もマリアに教わってチョコレートを作っていた。
「そうね。じゃ、型に流し込んで冷蔵庫にね」
「はーい」
 アイリスがボールからチョコを流し込む、その隣ではさくらが絞り出しのチョコと格闘中だ。
「ねぇ、マリアは何を作ってるの?」
 冷蔵庫にチョコを入れたアイリスはマリアの手元を覗き込んだ。
「ガトーショコラを作ろうと思って。明日の三時にみんなで食べましょう」
「本当?」
「ええ」
「わぁい! アイリス、マリアのケーキ大好きだよ!」
 大喜びのアイリスにマリアも嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、アイリス」
 こうして、各人の様々な思惑を秘めた日々は過ぎて行き――――そして、決戦の日がやってくる。

 大神は例年のようにチョコレートの大攻勢にあい、机の上にちょっとした小山を築いた。
「羨ましいなぁ......大神ぃ」
 夕食前のひととき、加山は大神の部屋に押しかけていた。
「そんなに羨ましいなら、代わってくれ」
 みんなの好意は嬉しいが、甘いものが苦手な大神にしてみれば、苦行の日々が始まるのだ。
 愚痴の一つも言いたくなる。
「で? かえでさんからは、貰えたのか?」
「......副指令は出張で出かけておられる」
 大神の問いに窓枠と仲良しになりながら、加山は蚊の泣くような声で答えた。
「......そうか」
 ご愁傷様としか言いようがない。
「ま、まあ、なんだ。今日はまだある。頑張れ」
 大神にはそれくらいしか言えなかった。
「ああ......そうするよ。それより、お前はどうなんだ?」
 加山は力なく頷き、大神の貰ったチョコの山を見つめる。
「......まだなんだ。三時のケーキは、いつもの事だし......」
 そう、大神は未だ最愛の人からチョコレートを受け取っていなかった。
 先ほどの台詞も、朝から自分に言い聞かせているものだ。
「そ、そうか......」
 言ってから落ち込む大神の姿に、加山の方がかける言葉が無い。
「しかし、俺はまだ諦めない」
「そうだ、まだ時間はある!」
 大神と加山はお互いの健闘を祈り、夕食へ向かった。

「うーむ......」
 夕食が終わっても、彼女が部屋へやってくる気配が無い。大神は意を決したように立ち上がると、部屋を出た。
 帝劇を一回りしてから彼女の部屋へ向かおうと、見回りを始める。
「ん?」
 厨房から漏れる光に気付いたのは、その時だった。
「誰かいるのかい?」
 声をかけながら中を覗く。
「隊長......」
 そこにいたのは、大神が探していた人だった。最初に彼女の部屋に行かなくて良かったと、大神は内心苦笑した。
「どうしたの?」
 厨房の様子を見れば、チョコレート作成の途中である事が見てとれる。
「あ、あの......その......」
「その......これ、俺の?」
 違ってたら、きっと立ち直れない。
 そう考えながらも、聞かずにいられなかった。
 今日一日、マリアからのチョコレートの事が頭から離れなかったのだから。
「............そうです」
「もしかして......間に合わなかった?」
 ボールの中で湯煎されてるチョコを見ながら、大神は彼女の隣に立った。
「すみません......」
 小さくなるマリアの声に、大神の方が申し訳なくなる。
「出来上がるまで待ってもいいかな?」
「そ、そんなっ! まだ溶かしている途中ですし......固まるまでに、明日になってしまいますね......」
 マリアは時計を見て、寂しそうに呟いた。
 十四日に告げるからこそ、意味があるのだと由里あたりが言っていたような気がする。
「買ってきたものもあるんです。間に合わないだろうと思っていましたから。でも......」
 やっぱり、自分が作ったものを渡したい。
 マリアはそう思って厨房へやってきたのだが、どう考えても時間が足りない。
「そうだ! ......あのさ、マリア」
 大神は何かを思いついて、マリアへ耳打ちする。
「あ......そうですね。そうします。少し待っていてくださいね」
 大神の言葉に、マリアは漸く微笑みを浮かべた。
「勿論。いつまでだって待つよ」
 大神は厨房にあった椅子に腰を降ろすと、優しい瞳でマリアを見つめる。
「?♪」
 楽しそうに作業をするマリアからは、先ほどまで見せていた寂しさが消えていた。
 それだけでも、自分のアイディアを誉めてやりたいと思う大神だった。
「出来ましたよ」
 数分後、彼女が差し出したのはマグカップに入ったホットチョコレート。
 別に形にはこだわらない。
 大神がこだわるのは、ただ一点。マリアから受け取ったチョコレートである事。これだけだ。
「ありがとう、マリア」
 大神は大事そうにそのマグカップを受け取り、口をつける。
 少し苦いくらいのそれは、甘いものが苦手という彼の好みを知っているマリアの優しさだ。
「うん。美味しいよ」
 大神の言葉に、マリアは安堵したようにため息をついた。
「よかった......」
「それはこっちの台詞だよ......貰えないかと思ってたんだから」
 一口ずつホットチョコレートを大事に味わいながら、大神は微苦笑を見せる。
「嫌われたのかとか、他に好きな奴が出来たのかとか、色々考えていたんだよ」
「そ、そんな事はありません。ただ、今回は色んな人に教えてくれと言われまして......まさか、かえでさんにまで言われるとは思ってなかったので......」
 マリアは慌てて理由を話し始めた。
「かえでさんにまで?」
「ええ。おかげで、その......自分のを作る時間がなくなってしまって......すみません」
 自分自身の事より他の人の頼みを優先する彼女に、大神は微笑む。
「謝る必要はないよ。こうして、チョコレートはちゃんと貰えたんだし......それに」
「それに?」
 途中で口篭もってしまった大神に、マリアは首を傾げる。
「......あー、その......マリアと二人っきりになれた訳だし......嬉しいなと、思って」
 消灯時間の過ぎた厨房で、二人は揃って顔を真っ赤に染めた――――

 二月十四日は特別な日だ。大切な人に想いを告げてもらえる日だから。
 だから、彼はたった一つの贈り物を待っていた。

 二月十四日は特別な日だ。大切な人への想いを告げる日だから。
 だから、彼女は心を込めた贈り物を渡したのだ。