[ 愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
やきもちをやくマリア

 マリアは自分の部屋で深いため息を零していた。

 七月の初め、久し振りの休日にマリアは買い物に出ていた。本当は大神を誘おうとしたのだが、彼は既に外出した後だった。少し残念だが仕方がないと諦めたマリアは、書店で何冊か新刊を買い込み、ゆっくりと街を散歩していた。
 そんな時だった。マリアがその人を見つけたのは。
 いつものモギリ服に身を包んだその人が宝石店から出てくる。彼は何やら手にした小箱を大事そうにポケットに仕舞い込んで歩きだした。
 声を掛けようとしたマリアだったが、ふと悪戯心が彼女の中に湧いた。
「今日、宝石店に行かれましたね?」
 帝劇に戻った大神にそう言ったら、彼はどんな表情をするだろう。自分の思いつきに微笑みを浮かべたマリアは、本を抱え直して大神の後を追った。

 今思うとそれが間違いだったのだと、マリアは再びため息を吐いた。

 大神は背筋をピンと伸ばして街を歩いていく。日本人にしては背の高い大神に振り返る女の子たちも多いが、彼はそんな視線に気付きもせずに歩いてい く。大神が目当ての人物を見つけ歩み寄った。その待ち合わせの人物を見て、マリアは思わず足を止め、路地を曲がる振りをしてビルの陰に隠れた。
 さくら。
 とても嬉しそうな笑顔を浮かべた彼女に大神も照れた笑顔で応えていた。
 二人が並んで歩くところを見たくない。
 それに先ほどの小箱。あれはきっとさくらに渡すためのもの。
 マリアはそれ以上二人の後をつけることなく帝劇へと道を取った。

 大神の様子も全く変わりない。そう、三ヶ月前に桜の舞う季節に別れた時と。
 マリアは尋ねる事も出来ないまま、三日が過ぎていた。

 一方、大神はといえば。
 マリアの様子が変だという事には気付いていた。だが、その理由が自分にあるなどとは思いもしない。色恋沙汰に関しては一般人よりも鈍い男である。
 それでも、声を掛けても素っ気無く返事を返されるだけという状況が三日も続けば、どんな朴念仁でも気付くというものである。

 夜、大神はテラスでマリアを見つけた。
「マリア」
「...隊長、何か御用ですか?」
 まるで用が無ければ声を掛けて欲しくないといわんばかりの態度に、大神はため息を吐いた。
「どうしてそんなに怒っているのか、理由を教えてくれないかな」
「!」
 マリアの顔色が目に見えて変わった、が。
「別に何もありません。...失礼します」
 そう言ってテラスから立ち去ろうとするマリアの腕を大神は強引に捕まえ、彼女の背中を壁に押し付ける。
「何を...!」
 抗議するマリアの目に大神は負けずに睨み返した。
「理由を聞くまでは放さない。絶対に」
 二人の間に沈黙が降りてくる。
「......この前、さくらと楽しそうに歩いているのを見ました」
 どのくらい時間が経ったのか、マリアがそれだけを言った。
「この前って...?」
「休日に隊長をお誘いに行ったら、もう出掛けられた後で...。一人で買い物に行った帰りに、宝石店から出てこられるのを見かけて...そしたら......」
 それ以上言葉にならなかった。
 大神は漸く全てを理解した。マリアを解放して改めて抱きしめると、彼女に言った。
「...全部話してあげるから」
 大神の言葉にマリアは小さく頷くと、彼の手に引かれて歩き出した。

 部屋に入った大神はマリアを椅子に座らせると、グラスを二個取り出し琥珀色の液体を注いだ。この前の給料日に奮発して手に入れたものだ。グラスからは芳醇な香りが立ち昇る。
「どうぞ」
 マリアに勧めて、自分も一つ手に取った。
「一番上の引き出しを開けてみて」
 大神はベッドの端に腰を掛けて、マリアの前にある机を指差した。不思議そうな顔をするマリアに微笑みを向けて、再度開けるように促す。
 引き出しの中には何冊かの本と紫紺の和紙に包まれた箱があった。
「え...?」
 それはあの日、大神が大切そうにしていた小箱だった。
 大神は立ち上がると、グラスを置いてマリアの前に立った。引き出しからそれを取り出すと、マリアの手にそっと渡した。
「誕生日おめでとう、マリア...一ヶ月遅れで申し訳ないんだけどね」
 大神は照れくさそうに、頭をかいている。
「開けて...よろしいですか?」
「もちろん」
 マリアが丁寧に包みを解いてみると、箱の中央には細身のシルバーリングが鎮座していた。
「えっとね、もっと立派なやつもあったんだけど。これならいつもしてても目立たないし、ネックレスみたいにも出来るってお店の人が薦めてくれて...その......」
 大神は何も言わないマリアに不安になったのか、言葉を並べている。
『from O to Maria with forever love』
 内側に刻印された文字を読んだマリアは、自分が誤解していた事に今更ながら気付いた。考えてみれば、この人はそんなに器用な人ではない。特に色恋に関しては。
 思わず笑いを零してしまってから、マリアはまだ不安そうに見つめている大神を見上げた。
「大神さん」
 さし返された箱に大神は一瞬泣き出しそうな顔になるが、次いで左手を差し出されてにっこりと笑顔に変わった。
 箱を机に置いてリングだけを手に取ると、マリアの白く細い指にそれをはめる。
「ありがとうございます、大神さん」
「ううん。マリアに妬いてもらえるなんて嬉しいし」
「...それは大神さんが誤解されるような行動をするからです」
 大神の腕に抱きしめられながら、マリアは彼を見上げた。
「そうかな?」
「そうです。大体、さくらと何処に行って来たんですか?」
 少し拗ねているのが声でわかる。大神は苦笑を零しながら答えた。
「大掃除用の買い物」
「......は?」
 マリアは聞き間違えたかと思った。
「公演も一段落したから、今度舞台の大掃除をするんだって。その買い物だったんだ。でも、リングもその日に出来るって言うから......」
 彼の語る子供のような理由にマリアは笑いが止まらなくなってしまった。
「笑う事ないだろう」
 大神は腕の中で笑い続けるマリアに拗ねたように呟いた。
「でも...どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか?」
「いや、ずっといつ渡そうか考えてたんだけど。これを買ってきた日からマリアの様子が変だし、何かあったならそっちが先だと思ってたから」
 そこまで言って大神は、困ったように額に手を当てた。
「その...早く渡した方が良かったみたいで、申し訳ないんだけどね」
 その言葉にマリアはまた笑いが込み上げてくる。
「もう...好きにしていいよ。その代わり、今度の休みは俺に付き合ってね」
 そう言って無邪気に笑うこの人は、何も変わっていない。あの桜の季節の頃と。
 それがマリアには、ただ...嬉しかった。