[ プロポーズ ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
プロポーズ

 机の上に置いた小さな箱を前に、大神は盛大なため息を吐いていた。
「......う?ん」
 この状態が実に二時間。
「いい加減ため息吐いてないでさっさと行ってこい。別に年貢の納め時だと思ってる訳でもないだろうが」
 窓の縁に腰掛けた加山はギターを爪弾きながら、いつになく優柔不断な親友を笑った。
「普通は人生の墓場だとか言われているのに幸せなことだ」
「......うるさい」
 怒る声にも勢いが無い。
「せっかく巴里から戻れたのに、これではなぁ。マリア君も寂しがっている事だろう」
 大神が漸く帝都へ戻ってきたのは、つい昨日の事である。
「その箱の中身も早く渡して欲しがっているだろうになぁ」
「.........」
 親友のからかいに、大神はもう答えようともせず壁を向いてしまった。
「...ま、頑張る事だ。じゃあな、大神」
 扉の向こう側に気配を感じた加山は、それだけ言うと窓の外に姿を消した。
コンコン
「はい?」
 大神はよろよろと立ち上がって扉を開けた。
「隊長? 大丈夫ですか?」
「マリア......」
 予想どおり、そこにいたのは大神が今一番会いたいけど会いたくない人だった。彼の表情を心配げに見つめている。
「やはり昨日飲み過ぎられたのでは...」
「う...まあそれもあるかな」
 マリアに椅子を勧めながら、大神は苦笑いを見せた。
「やたら飲まされてましたからね、隊長は」
「は、ははは」
 大神は乾いた笑いを零した。思い出すだけでも頭痛がしてくる。今日の昼頃まで二日酔いに悩まされたのだ。
「しばらくは勘弁して欲しいけど、もう大丈夫だよ」
「......では、どうしてそんなに?」
 マリアは午後からの大神の変調に気付いていた。大神は彼女の言葉に口篭もってしまう。
「.........」
 望みを告げてもいいのだろうかと思い、言葉を紡ぐことが出来ない。確かに自分は海軍士官ではあるが、平常時ではただのモギリである。対して彼女は紛れもない帝劇のスターだ。
 大神は無言で床を見つめていた。
 そんな大神にマリアも声をかける事が出来ない。
「マリア......」
 どれだけ時間が経っただろう。漸く大神が顔を上げた。
「はい」
「俺は...君の側にいてもいいのかな?」
 それだけを言って大神はマリアを見つめた。
「それは...どういう意味ですか?」
 マリアの問いに、大神は今まで考えていた事を勢いよく話し出した。
「俺は軍人で、どこへ飛ばされるかわからないし...いつもはしがないモギリだし。それに引き換えマリアは帝劇のスターだから...俺じゃ吊り合わないなーなんて 思ってて。でも...それでもマリアの側にいたいなー、他の男が君の隣に立つのは嫌だなーとか。ずっと帰りの船の中でも考えてたんだけど......」
 そこまで言って大神はマリアの様子を上目遣いに窺う。
 すると...そこには涙を流すマリアがいた。
「ちょっ! どうして、マリアが泣いてるの? 俺、何かまずい事言った?」
 マリアの座る椅子の前に立って、大神は大慌てで自分が言った事を思い出してみる。
...何がまずかったんだろう?
「す、すみません...」
 そう言って顔を伏せるマリアに、大神は神様に祈りたくなってきた。
「マリア...どうして泣くの?」
 泣かせたくない人を一番泣かせているような気がする。
 ずっと側にいると約束したのに、一年ごとに出会いと別れの繰り返し。その上、一緒にいる時は得体の知れない集団との戦いがついてまわった。
「...大神さんのせいです」
「...やっぱり、俺のせい?」
 俯いたままの彼女の言葉に、大神はしょんぼりと項垂れた。力も抜けて、床の上にしゃがみこんでしまった。
「あ...その、悪い意味ではなくて...」
 そんな彼の姿に今度はマリアが慌てて説明を始める。
「その...大神さんの言葉が嬉しくて......涙が止まらなかったんです」
 最後の方は小さくなって、大神は聞き取り損ねるところだった。顔をあげるとマリアが顔を真っ赤にして大神から視線を逸らせている。
「...本当に?」
 大神の問いかけにマリアが小さく、しかし確かに頷いた。
「よかったぁ?」
 心の底から安堵のため息を吐く大神にマリアは微笑みを見せてくれた。
 その微笑みに大神は覚悟を決めた。
「そ、その...マリアに受け取ってもらいたいものがあるんだ......」
 大神は机の上に置いていた箱を取り上げた。
「こ、これ、なんだ、けど......」
 言葉が上手く出てこない自分が情けない。きっと初めて辞令を受け取る時より緊張しているに違いない。箱を持つ手が震えそうになるのを必死で押さえ込み、マリアの掌にそれを置いた。
「開けてもよろしいですか?」
 大神はもう何も言えず、ぶんぶんと首を縦に振った。
 マリアが丁寧に包みを解いていく音がいやに大きく聞こえる。
「......!」
 彼女の息を飲む音がした。
「その、いつまた何処かに飛ばされるか全然わかんないけど......その、マリアの側にいたいんだ。いや違うな、俺が君に側にいて欲しいんだ。だから...その......俺と結婚してくれないか?」
 やっと言えた。何とか、言葉に出来た。
 しかし、返事がない。......しばらく待ってみるが、マリアはじっとそれを見ているだけだ。
「...マリア?」
 さすがに心配になってきて大神は彼女に声を掛けてみる。
「え...? あ、はい。すみません」
「その、返事を聞かせてもらえると嬉しいんですけど......」
 今日の大神は、今まで見せたこともないくらい不安そうな顔をしている。
 そんな彼にマリアは泣きそうな笑顔で答えてくれた.........

 二ヶ月後、とある教会で祝福された六月の花嫁は金の髪と碧の瞳を持っていた――――