[ 日々是精進 ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
日々精進している大神と恋愛事に超鈍感マリア

 帝都は今日も良い天気だ。
 売店の片付けを手伝った後、大神の足は自然とテラスに向かっていた。
 ぼんやりと街を行き交う人々を眺めていたら、道路の向こう側から帝劇へ歩いてくるマリアの姿が目に入った。買い物に出ていたらしく、手に何か包みを抱えている。
「お遣いなんて俺がするのに......」
 見つめる視線につられるように、マリアがふと顔を上げた。そして、テラスの大神に気付き、ふわりと綺麗な微笑みを見せてくれる。
「......駄目かも、俺......」
 彼にとって凶悪ともいえる彼女の微笑みに、大神は自分の顔が赤くなるのを感じ、片手で口元を押さえ手摺にしがみ付いた。

 マリアと初めて会った日の事。
 あの時の事は今でも覚えている。
 花小路伯爵のところで受けた辞令は、初仕事で、しかも秘密部隊の隊長を任じるものだった。
 上野公園から同じく新人だというさくらに連れられて、ここ帝国劇場へとやってきた。
 米田に会うその直前に出会ったのが、マリアだった。
 初めて会った、軍人のような雰囲気を持ったその女性は、輝くような金の髪と深く澄んだ碧の瞳を持っていた。
 真実を見通すようなその瞳に、大神は言葉を失い視線を外すことができなかった。
「...米田支配人はいらっしゃいますか?」
 漸く口に出来たのは、そんな言葉だった。

 それからしばらくして気付いた。
 いつも彼女の姿を探している自分に。
 どんなに遠くにいても彼女だけは目に飛び込んでくる。
 それが『好き』だという気持ちだと気付かないほど、彼は子供ではなかった。

「......あれから色々あったっけ」
 命がけで彼女を助けた事も、大切な隊員は誰だと聞かれて思わず本音を言っていた事もあった。
 大神はあの事件の後の事を思い出して、苦笑いを浮かべた。
「散々だったよなぁ」
「......何がですか? 隊長」
 突然の背後からの声に、大神はびっくりして振り向いた。
「マリア......」
「......すみません、驚かせてしまったようですね」
 困ったように微笑むマリアに、大神は慌てて首を振る。
「マリアが謝る事じゃないよ。...何かあったのかい?」
「いえ、さきほど隊長の姿が見えたので」
「そう......マリアはどこに行ってたの?」
 見れば、手に持っていた荷物はもうない。
「あやめさんに頼まれて、和菓子屋さんまで。今日の夕方にお客様がいらっしゃるそうなので」
「そうか。お疲れ様」
「いえ。それで?」
「え? 何?」
 マリアの質問の意図がわからず、大神は首を傾げた。
「隊長は何が散々だったのですか?」
 マリアは大神の目を覗き込むようにして尋ねる。
「あ......えっと......」
 本人を目の前にして言いにくい。
 君の事を色々思い出していた、などとは。
「隊長?」
 心配そうに声を掛けられると、罪悪感が芽生えてしまう。
「えっ...あ、いや...その......ちょっと前の事を思い出していたんだよ。羅刹と戦った時の事なんだけど」
「ああ......アイリスが浅草で暴走してしまった時の事ですか」
「いや、そうじゃなくて、その後のこと。マリア一人を危険な目にあわせてしまった時の事を少しね」
 本当は、微妙に違う。大神は「一番大切なのは、マリアだ」と答えた後の惨劇を思い出していたのだから。
 さくらとすみれ、アイリスに囲まれて問いただされた事は今思い出しても冷や汗ものだ。......そんな大神たちをカンナと紅蘭は楽しくて仕方がないという風に笑いながら、マリアはどうして三人が怒っているのかわからないと首を傾げながら見つめていた。
「あの時の隊長の判断は正しかったと思われます。私でしたら、ヒットアンドアウェイの戦法が取れますし......」
 そう言うマリアを見つめながら、大神はやっぱりわかってないのだなと思う。
「......本音だったんだけど」
 小さなため息と共に零れた言葉。
「え?」
 あまりにも小さな呟きだったため、マリアには聞き取れなかったようだ。顔を上げて大神を見つめてくる。
「い、いや、何でもないよ」
 大神は小さく首を振った後、真面目な顔になって続けた。
「...でも、君を危険な目に合わせた事に代わりはない。あの時は謝る事が出来なかった。本当にすまなかった」
「いえ。私の背中は隊長が守ってくださいますから」
 そう言って、見せる綺麗な微笑みに、大神は完全に白旗を振った。
「隊長?」
「......いや」
 背中だけじゃない。君の全てを守ってみせる。
「そうだね、君の背中は俺が必ず守るよ」
 そんな言葉を言えるほど、大神は器用ではなかった.........

 日々是精進あるのみ。
 大切な人にこの思いが届くまで。