[ とある春の日。 ]

『火魅子伝』
九峪×清瑞。春といったらこれでしょう。

 九洲でも桜の季節がやってきて、寒いのが苦手の九峪には嬉しい季節がやってきていた。
「あ?、いい天気だねぇ」
 その九峪は耶麻台国復興軍の拠点の一つである縞原城の自室で転がって日向ぼっこをしていた。
「九峪」
「おお、清瑞」
 転がったまま、横に来た清瑞に顔を向ける。
「...相変わらず、不真面目な生活をしているな」
「ほっとけ。それより、清瑞」
「なんだ?」
「そろそろ桜が咲いてきてないか?」
「そうだな。もうそんな時期だな」
「そうだろう。でだ」
「...護衛か?」
 清瑞は仕方無いなと言いたげに聞く。
「わかってきたな、清瑞も。ついでに弁当も頼むわ。手作りで」
「なにぃ?」
「出来ないのか?」
「そんな事はない!」
 九峪の言葉に思わず反発した後、清瑞が後悔した事は言うまでもない。
「じゃ、よろしく頼むな。いやぁ、楽しみだなぁ」
 九峪はひらひらと手を振って清瑞に笑いかけた。清瑞はその笑顔の陰に黒いしっぽを見た様な気がした。

 そして、次の日。
「よ、清瑞。弁当、出来たか?」
「...九峪か。まあな。ところで、荷物ぐらい持ってもらえるのだろうな?」
「おお。そのくらい任せろよ」
「そうか。では、頑張ってくれ」
「おお...って。これか?」
 九峪の目の前に置かれた重箱と水筒。風呂敷に包まれたそれは、かなりの重量があった。
「じゃあ、頑張ってな」
「おお......」

「九峪......」
「あ?」
「やけに嬉しそうだな」
 九峪の笑顔を見て清瑞はいぶかしげにしている。折角、重い荷物を持たせていると言うのに...
「だって暖かくなって気持ちいいし...」
 九峪は辺りの景色を見回し、清瑞を振り返る。
「それに見ろよ、この満開の桜! やっぱ、春は花見だよなぁ」
「まぁ...綺麗だな」
「そうだろ? そうだろ?」
 九峪はこの辺りで一番の古木だと聞いた桜の下へ座り込み、早速弁当を広げる。
「おー、うまそうじゃないか。...見た目は」
「何か、言ったか?」
「いいえ、別に」
 あからさまに視線を反らしながら、弁当へ箸を伸ばした。
「ん、うまい。うまいぜ。清瑞」
 実際、清瑞の弁当は旨かった。甘過ぎず、辛からず、九峪の好みの味にばっちり仕上がっている。九峪は花も見ずに夢中になっていた。
「ふん、当然だ」
 そう言いながらも、清瑞もまんざらでもない様子で箸を伸ばす。
「あー! その唐揚げ、狙ってたのに!」
「まだあるだろうが」
「それが一番でかかったんだよ!」
「ああ! うるさい! 黙って食え!」
 などと少々問題があったものの、食後のお茶を啜る頃には、九峪はまったりとして桜を眺めていた。
「いや、旨かった」
「世辞を言っても何も出んぞ」
「まじでうまかったって。...意外だったけど」
「なにぃ?」
 九峪の余計な一言に清瑞は視線をきつくした。
「怒るなって。仕方無いだろ? 今まで清瑞の料理なんて食ったこと無いんだから」
「いつも何処かの誰かさんの護衛で忙しいからな」
「そりゃ、悪かったね。じゃあ、今度は俺が作ってやるよ」
「九峪が?」
 清瑞は嫌そうな表情を見せた。
「何だよ、その顔は。これでも上手いんだぜ」
「信じられん」
「清瑞、俺がお前を騙した事あるか?」
 即答されて少々いじける九峪。
 そんな九峪に清瑞は少し考えてみる。今まで散々な目にあわされているが、嘘だけはつかれた事がない。
「ふむ。...では、仕方無いな。いつか食べてやろう」
「おう!」
 桜の舞い散る季節。一時だけ、二人は戦いの事を忘れて過ごした......