[ 散歩道 ]

『火魅子伝』
九峪×清瑞。不安。

 秋も深まった十月の初め。耶麻台国解放軍の拠点、縞原城。
「はぁ......」
 九峪は自室で窓の外を眺めながら、ため息を零した。
「九峪」
「清瑞か...」
 部屋に入ってきた清瑞に一度は視線を向けるが、すぐにまた窓の外へ視線を移す。
「? 九峪、どうしたんだ?」
「別に。何でもないよ」
 清瑞は九峪の様子に眉を顰める。どう見ても、いつもと様子が違う。
「いつも馬鹿みたいに元気なくせに。今日は嫌に大人しいじゃないか」
「悪かったな...」
 力無い返事に清瑞はますます確信を強くした。
「おい、本当にどうしたのだ?」
「だから、何でもないって。ちょっと疲れてるだけだよ」
 九峪は微苦笑を浮かべて振り返る。だから、清瑞もその時はこれ以上何も言わなかった。
「帰りてぇ......」
 すっかり高くなった空を見上げ、九峪は窓枠と仲良くなっていた。

 次の日。九峪は気分転換に出かける事にした。
「もう大丈夫なのか?」
 その彼に当然の様に護衛の為に清瑞がついてきていた。
「まぁ...、うん」
 あまり元気ではない。清瑞はこっそりとため息を零す。
「なぁ、清瑞」
「なんだ?」
「何時になったら耶牟原城まで辿りつけるかな? 何時になったら俺は元の世界へ還れるんだろう?」
「それは......」
 清瑞は言葉に詰まる。
「俺の努力次第かな? だったら、まだまだ先は長いな、きっと......」
 空を見上げて九峪は自嘲気味に笑う。
「お前はよくやっている」
 思わず清瑞は言っていた。
「そうか?」
「ああ。思ったより、な」
 こう付け加える辺りが、まだまだ素直ではないのだが。
「ああ、早く還りてぇ......」
「そんなに良いところなのか?」
「そうだなぁ...。まぁ、あんまり良い場所とはいえないかもしれないけど。家族や友達がいるし、それに日魅子もいるからな」
「火魅子? ...九峪の世界にも火魅子様がいるのか?」
「あ、いや。俺の幼なじみだよ」
 九峪は懐かしそうに話す。
「小さい頃からずっと一緒でさ。昔は色々と悪い事をしたもんだ」
「...今と同じか。進歩のない奴だ」
 清瑞はわざとらしくため息を吐いた。
「悪かったな。進歩がなくて」
 そう答えた九峪だが、その表情は明るい。
「ふん......」
「何、笑ってんだよ」
 九峪は微かに笑った清瑞に首を傾げる。
「別に何でもない。気にするな」
(おかしなものだ、この私が。こいつが笑ったくらいで......)
 清瑞は九峪には見えない様にもう一度微笑んでいた。
「さ、帰るぞ」
「もう? 折角、こんな処まで来たのに......」
 九峪は辺りの景色を見回して名残惜しそうにしたが、ため息を零しつつ立ち上がる。
「早いところ、耶麻台国を復興して私のお役目を終わらせてもらわないとな」
「はいはい。でも......」
「でも? なんだ?」
「......いや、何でも。帰りに飯でも食って帰ろうぜ、清瑞」
(ここにいてもいいかな? なんて思ってきてるなんて言えるかよ)
「おい、九峪」
「別に何でもない。気にするな」
 九峪はここぞとばかりに先程の清瑞の口調をまねて答える。ただ、口元にはニンマリと形容するのが適切な笑みが浮かんでいたが。
「ぐ......」
「へへん。知りたかったら、先に自分のを言うんだな!」
「誰がお前なんぞに言うか!」
「あー! お前、神の遣いに向かってなんぞとはなんだ! なんぞとは!」
「じゃあ、お前ごときだ!」
「もっと悪いわ!」

 ......この二人が素直になれるのは、随分と先の事になりそうである。