[ 無限大の未来 ]

[ 女神異聞録 ペルソナ ] BE YOUR TURE MIND.
初デート

「じゃあ、また後で」
 放課後、友人たちに手を振って諒も自宅へと帰る。
 その帰り道で祭囃子が彼の耳にまで届いてくる。今日はアラヤ神社で夏祭りがあるのだ。この後、いつものメンバーで再び学校へ集まって遊びに行く事になっている。

 ソファに鞄を投げ出し、制服から普段着に着替えて床へと転がる。最上階のこの部屋は窓を開け放しただけで結構涼しい。いつもソファにかけてあるタオルケットを引き寄せ包まる。
 遠くから聞こえてくる祭囃子と、蝉の音が懐かしい思いを呼び起こす。諒は時間がくるまで、そのままで過した。

「今日は真田が最後か。珍しいこともあるものだな」
 南条は校門前に集まっている仲間たちを見て呟いた。丁度その時、走ってきた諒が角から現れた。
「...悪い」
 息を切らせながら、彼は謝った。
「いや、時間ぴったりだよ」
 今日はバイトを休んできたゆきのも一緒だ。
「諒君、見て見て!」
「ん?」
 麻希の声に漸く息を整えた諒は、目の前の二人の後ろにいる彼女たちに目をやり言葉を失った。
「Ryo? 似合ってる?」
「......ああ」
 返事が若干遅れたのは、はっきり言って見惚れてしまったからだ。
「よく似合ってる」
「んじゃあ、そろそろ行くとしますか」
 揃ってアラヤ神社へ向かうが、浴衣も下駄も生まれて初めてというエリーは少し遅れがちになっていた。
「南条、ゆきの。ちょっと頼めるか? 俺は......」
 諒がそう言ってエリーに視線を走らせるだけで二人は彼の言いたい事を理解した。
「ま、お前なら大丈夫か。...前の連中のことは任せておけ」
「後はまかせな、真田。エリーの事、頼んだよ」
「すまない。ありがとう」
 諒は笑顔で礼を言うと、彼女の隣へ向かった。
「まったく、あいつも変なやつだな」
「...あんたも随分と変なやつだと思うけどね」
 南条の言葉にゆきのはしみじみとそう返した。

 少し遅れかけているエリーの隣に並んだ諒は、彼女に手を差し出した。
「Ryo?」
「歩きにくいだろ? 掴まっていい」
 彼の手をエリーがとるのを見て、諒は微かに笑みを浮かべた。
「俺も昔初めて浴衣を着て下駄を履いた時は何度も転びそうになったから」
「そうなの?」
「ああ。その度に母さんの手にしがみついた」
 その母が父と共に交通事故で死んでから、浴衣を着たことはない。
「でも、Ryo。他のみんなと遅れるわ」
 前を歩く南条たちとかなりの間が開いていた。エリーは間を詰めようと足を速めるが、それは今の彼女にとってはとても難しい事だった。
「きゃ!?」
「危ないだろ?」
 諒はバランスを崩す彼女を片腕で抱きとめた。
「南条とゆきのには言っておいたから。ゆっくり歩けばいい」
「......ありがとう」
 エリーはそれだけしか言う事ができなかった。
「でも、本当によく似合っている。驚いた」
 諒はエリーの手を引いて彼女に合わせて歩きながら、改めてエリーの浴衣姿を見た。
「本当? 嬉しいわ。...Ryoは浴衣は着ないの?」
「俺? ...浴衣は持ってないな。あったとしても、今日は着れなかっただろうけど」
「...? どうして?」
 エリーは首を傾げた。意外と似合うと思うのだけれど。
「今日は時間ぎりぎりだっただろ?」
「そういえば...。今日はどうして遅くなったの?」
 何気無いその質問に、諒は一瞬詰まった。
「......気持ちいい風が吹いていたから、床で寝てた......」
「まあ...」
 ソッポを向いて照れる諒にエリーは口元に手を当てて微笑んだ。

 アラヤ神社の周辺は、いくつもの夜店で賑わっていた。お参りをすませる頃には、完全に他のメンバーの姿を見失っていていた。
「ね、Ryo。これ食べてみたい」
 お祭りも初体験のエリーは、わたあめを前に目を輝かせている。諒は子供っぽいその様子に思わず笑いながら、ひとつ買って彼女に渡した。
「おいしいか?」
「うん」
 早速口へ運ぶエリーの表情に諒の口元も緩む。
「それはよかった」
「ねぇ、次はあれ」
「はいはい」
 妙にはしゃぐ彼女が走り出さないようにしっかりと手を握っておく。
「あまり急ぐと転ぶ」
 そう言いながらも彼も祭りを楽しんでいた。こんな楽しい祭りは随分と久し振りだ。
「これもうまい」
 出来たてのたこ焼きをエリーの口に運んでやる。その光景は誰が見ても立派な恋人同士である。
「あれ? エミルンの真田君じゃない?」
「おい、あの子。エミルンのエリーじゃねぇ? 彼氏いたんだ」
 元々この界隈の同年代に有名な二人である。人目を引くことこの上ない。
「ねぇ、君ひとり?」
 諒が飲み物を買いにエリーから離れた隙に、二人組の少年が彼女に声を掛けてきた。
「君、エミルンのエリーって子じゃない?」
 最初から知っていて声をかけてきたようだ。
「友達とはぐれたのかい?」
「なら、俺らと行こうよ。これから花火のよく見えるところへ行くんだ」
 その申し出をエリーはやんわりと断ってみるが、効果はなかった。
「いいじゃん行こうよ」
「はい、そこまで」
 彼らがエリーの腕を掴んだ時、ジュースを買って戻ってきた諒が彼らの後ろに立っていた。百八十を越す長身の彼を見て、少年二人はぶつぶつ文句を言いながらも去って行った。
「遅くなってすまない」
 ガードレールの上に座りながら謝った諒は、缶ジュースをエリーに手渡した。
「ありがとう」
 ほっと一安心してエリーはそれを受けとった。
「ん? 真田か」
「レイジ」
 顔を上げると、今日は一緒にいけないと言っていたレイジがそこに立っていた。
「あら、あなたは......」
 彼の隣にはレイジの母親が立っていて、彼女は以前会った事のある諒に気付いて会釈してきた。
「お久し振りです」
 諒とエリーも軽く頭を下げる。
「さっき稲葉達を見たが、一緒じゃねえのか?」
「どこで見た」
「ああ。そこの角を曲がったところだ。カキ氷買ってたからな。まだ近くにいるんじゃねぇかな」
「そうか。ありがとう。じゃ、行ってみようか」
 諒はレイジと彼の母親に手を振ると、エリーと一緒に教わった方へ歩き出した。
「仲のよさそうな二人ね」
「...ああ」
 レイジは母親の言葉に素っ気無く、だが確かに頷いた。

 一方、諒は逸れた友人を探しながらも決してエリーに無理な速さで歩かなかった。そのためか、レイジの教えてくれた場所にはすでに彼らの姿形もなかった。
「う?ん......」
「ごめんなさい、Ryo。私が慣れない格好をしているから」
 困った様子の諒にエリーは申し訳なさそうに俯いた。
「誰でも初めての時はそうだろ? エリーが気にすることはない」
 そう言ってくれる諒の表情はとても柔らかい。
「ただ...もうそろそろ花火が始まる時間なんだ。もう移動してるかもしれない」
「私、Brownから聞いたわ。花火を見るのに絶好の場所」
「...?」

 聖エミルン学園の屋上。
「よ! ご両人、遅いっすよ?」
「よかったじゃん。花火に間に合ってさー」
 諒とエリーが重い鉄製の扉を開けると、そこに探していた顔が並んでいた。
「エリー、諒君と二人っきりなんてずるいー」
「ごめんなさい、Maki」
 むくれる麻希に困ったように謝るエリーを見ていた諒にブラウンが絡んできた。
「諒ちゃん、やるじゃないっすかー。二人っきりだなんて」
「お前らが前しかみてなかったからだろうが」
 そのブラウンの頭を南条が軽く叩く。
「これ、買ってきた」
 そんな二人をほうっておいて、諒は途中のコンビニで買い込んできた飲み物やツマミを出した。人数分買っておいたのだ。
「真田、気がきくじゃん」
 アヤセが早速袋の中身を取り出し、広げていく。
「おーい、そこの二人もこっちこいよ」
 マークは、麻希とエリーの二人に声をかけた。
 全員が座り込む頃、花火が始める。
 学園の前を流れる川の上から打ち上げられる花火は、色とりどりの華を夜空に咲かせていく。
「おー」
「きれい...」
 それからはただ無言で花火を眺める。
 徐々に昇り頂に達した瞬間、それは大輪の華を咲かせる。
「いつか、私たちもこんな花を咲かせられるといいね」
「『いいね』じゃねえだろ、園村。きっと咲かせて『みせる』さ。未来は無限大だぜ」
「ふっ...、サルにしてはいい事を言う」
「誰がサルだとぉ!」
 じゃれ合いを始める友人たちに諒は苦笑いを浮かべた。
 さっきまで静かに花火を眺めていたというのに。...しかたがない。
 諒は自分の分の飲み物とツマミを確保すると、そっとその場を離れた。

「ふぅ......」
「Ryo」
 少し離れた場所に座り込んだ諒の隣に、エリーがそっと座った。
「ん? どうした?」
「今日はありがとう。Ryoのお陰でとても楽しかった」
「そうか。それはよかった。でも、これで夏も終わりか...」
 花火を見上げる諒の表情に一抹の寂しさが宿る。
「......また来年も一緒に見られるといいな。花火」
 ぽつりと零れたエリーの言葉に、諒は何を言っているんだという表情になる。
「いつまでも一緒に見られるに決まってるだろう? マークが言っただろう。未来は無限大だって」
「...! そうね、その通り」
 滅多に見られない諒の微笑みに、エリーも微笑んでいた。

 ブラウンのお開きの声が聞こえてくるまで、二人はそっと花火を見上げていた......