非日常の日常。
廃工場の秘密出入口からセベクビルへの侵入を果たした諒たちだったが...
「ペルソナー!」
諒が左手を掲げ叫ぶ。
『魔神セイメンコンゴウ』
蒼い身体を持つ者が彼の頭上へと現れる。
『マハーガル』
対しているシークレットサービスへと風が疾っていく。人間なのにやたらと魔法防御力の高い彼らでもさすがにバランスを崩す。
「今だ! 真田、退くぞ!」
南条の合図で彼らの前から後退する。最後尾を諒が固め、廊下を走り抜ける。
その時、故意なのか偶然なのか。
「きゃ!」
「停電か!」
「走れ! 追ってくるぞ!」
思わず足を止めかける仲間に諒は声を掛ける。
「わーってるよ! でもなぁ...ってぇ!」
どこかにぶつかったらしいマークの声が聞こえた。
「くっ!」
男達は容赦なく撃ってくる。闇と距離のために当たりはしないが、耳のすぐ側を何かが通り抜ける音がする。
その中の一発が諒の左手を掠めていった。
「ちっ!」
だが、彼の足は止まる事無く駆け抜け、壁にぶつかった。
「うわっ!」
「きゃあ!」
振り返った所へ誰かがぶつかってきた。
反射的に抱きしめ、床から庇う。諒が倒れ込むと同時にエレベーターの扉の閉まる音がして、天井のライトが点いた。
「っー」
その眩しさに諒は目を細める。
「エレベーターだったのか」
「あの...Ryo?」
呼ばれて初めて、倒れ込んでエリーを抱きしめていることに気付いた。
「あ...悪い。怪我は?」
身体を起こし、彼女の無事を確かめる。
「えぇ、でも他の方たちとはぐれてしまいましたわね」
「まさか、エレベーターに閉じこめられるとは」
諒はEXITのスイッチを押すが、ウンともスンとも反応しない。
「ライトは点いてるのに、駄目か...。外の連中に見つけてもらうしかないか...」
ため息を吐く諒の横顔を眺めていたエリーは表面上落ち着いていたが、心臓は激しく音をたてていた。背中と腰に彼の腕の感触が残っている。その腕に目をやると、その手の甲から紅いものが滴り落ちているのにエリーは気付いた。
「Ryo! あなた怪我してますの?」
「ん? ああ...かすっただけだよ。薬使うほどでもない」
諒は滲み出た血を舌で舐め取る。
「駄目ですわ、Ryo。ちゃんと手当てしないと」
エリーはハンカチを取り出すと、彼の手に巻き付けた。
「これで血も止まりますわ」
諒はその白いハンカチを見ていたが、小さな声で礼を言った。
「そんなに珍しいですの?」
手当てをしてからずっと、そのハンカチを見ている諒にエリーはからかう様に声を掛けた。
「あっ...えっと」
諒は戸惑いながらも肯定した。
「俺、一人暮らしだから...」
諒は座り込んだ床から天井を眺めた。今でもあのマンションは無事だろうか。
一方、エリーは口を押さえ気まずそうな表情を浮かべた。
「...そんな顔しなくていいよ。もう一人も慣れたし」
簡単に説明する。子供の頃、交通事故で両親とも亡くしたこと。
「えっと...それで、こんな綺麗なの汚しちゃって...ごめん」
「謝ることなんてありませんわ。Ryoの怪我を手当てをする方がハンカチが汚れる事より重要ですもの」
「...ありがとう」
諒がエリーの言葉に微笑んだその時。
ガン!
天井から響いた音に諒は隣に座っていたエリーを庇い、剣で落ちてきた非常用出口を弾き飛ばした。
「よぉ!」
開いた穴から顔を出したのはマークだった。
「マークか...」
「なんだ? 人が一生懸命助けに来てやったのに、二人でイチャついてたのか?」
「......誰かの蹴った板が当たる所だったんだが?」
さり気なくエリーから腕を外しつつ、彼はマークを責めた。
「う...。ハハハ...悪い」
マークがちらっと視線を向けたそれには、諒の剣の痕がくっきりと残っている。
「まぁ、その、なんだ。早く上がってこいよ。南条と園村も待ってる」
マークが諒の手を掴むと、もう片方の手を淵に掛けると彼は自分の身体を引き上げた。
一方、エリーはまたも顔を上げられなかった。今回も完全な不意打ちだったから。
「エリー?」
「あっ、ごめんなさい。考え事をしていて...」
「さ」
エリーが諒の手に捕まると、彼女の身体は軽々と引き上げられた。
「真田、お前って意外と力あるのな」
「...彼女が軽いだけだろ」
諒は剣を抱え直すと、梯子を登り始める。
「かぁ?、どうしてんなコトがさらっと言えるかね?」
マークは呆れたように肩を竦めた後、彼に続いた。
「...本当に他意は無いと思うのですけど」
エリーの残念そうな呟きは諒の耳には届かなかった。
その後、デヴァシステムによって飛ばされた異世界で。
「はぁ?、何でピースダイナーにいんのに食い物持ち込みなんだよ」
「でも前からそうだよ?」
麻希の言葉に仕方無く、マークは買ってきたお握りを口へ運んだ。その様子はここは異世界なんだと自分に言い聞かせているようだ。
諒はさっさと食事を済ませると、店から出ようとした。
「Ryo?」
「ん? お前、一人でどこ行くんだ?」
まだ食べているマークはもうちょっと待ってくれよと言いたそうだ。
「散歩。ゆっくり食べててくれ」
「真田の事だ。言わんでも分かっているだろうが、サンモールの外には出るなよ?」
「ああ」
南条の言葉に頷いて諒は外へ出ていった。
「...まだ、時々あいつが何考えてるかわかんねぇよ」
マークはフライドチキンを摘みながらぼやいた。
外へ出た諒はROSA・CANDINAへ来ていた。
防具以外にも服などが取り揃えられているが、彼の探しているものは見つからない。
「どうしたの? 何か探しもの?」
先程から首を傾げていた諒に救いの手が差しのべられる。
「...これと同じものを探しているんだが」
諒はポケットから大切そうにあるものを取り出した。
「ちょっと待っててね」
店の人は奥へ入っていったが、すぐに戻ってきた。手には幾つかの箱がある。
「全く同じものはないんだけど...」
そう前置きして箱を開けていく。
「この辺の物なら質も良いし。誰かに贈り物?」
「...そんなところ」
諒はその中で白のものに惹かれていた。
「君、これが気に入ったの?」
店員はそれに気付いてその箱を一番上に持ってくる。
「それ、もらえますか?」
「あれ? 諒君、どうしたの?」
こちらも食事を済ませた女性二人が連れだってROSA・CANDINAの前を通った時、珍しく微笑みを浮かべている諒が出てきたのだ。
「どうかしまして?」
「...いや、南条とマークは?」
「ん、そろそろ出かけるから諒君、呼んでこいって」
麻希の言葉に諒はリストウォッチに目をやり頷いた。
「そうだな」
「じゃ、私二人を呼んでくるね」
麻希はピースダイナーへ駆け戻っていく。
「本当、こちらの麻希はpowerfulですわね」
「エリー」
感心する彼女に諒は先程買ったものを差し出した。
「What's?」
「この間のハンカチ洗ったんだけど、汚れ落ちなくて...代わりに」
エリーのハンカチには確かに血の染みが残っていた。言われなくては分からないほどのものだったが、諒にはどうしても許せなかったのだ。これが自分のものだったら多少汚れても気にもしないのだが...
「...Thanks,Ryo.大切に使わせてもらいますわ」
そう言ったエリーの微笑みに諒も笑顔を返していた。それはいつも無口無表情と言われているとは思えないほどに鮮やかな笑みでエリーも思わず見とれていた。
「おーい、諒君、エリー。行こうよ!」
「ああ」
すぐにいつもの彼に戻ったが、エリーの脳裏にはその笑顔が焼きつけられた。
「早く神取のところへたどりつかないとな」
そう言った諒の瞳の奥にある強固な意思の光にエリーは気付いた。そして納得する。
どうして、この人に皆が従うのか。
きっとこの人はフィレモンに名前を聞かれた時もこの目をしていたんだろうと思い、エリーは微笑んでいた。
「エリー? どうした?」
「いいえ。さ、行きましょう。神取を倒して、私達の世界の麻希を助けなくては」
その言葉に全員が頷いた。
そして、彼らは歩き出す。自分で選んだ道を後悔しないためにも......