『セベク・スキャンダル』後のデート。
春、桜の花が咲き乱れて、花びらを街中にばら撒いている。
その中を諒は急ぎ足で歩いていた。
「遅れたか...」
待ち合わせた駅前に着く頃には、約束の時間を過ぎてしまう。
諒は、少し顔をゆがめて呟いた。
滅多にする事のない全力疾走になり、彼は大切な待ち人のところへ向かった。
「本当にすまない...」
諒は待っていたエリーに申し訳無さそうに謝った。
「そんなに謝らないで、Ryo。でも、珍しいわ。Ryoが遅刻するなんて。何かあったの?」
「いや...単なる寝坊...」
去年、御影町を襲った事件『セベク・スキャンダル』
そのゴタゴタも一段落して、漸く、彼女とのデートにこぎつけた。
その事実に昨日の夜、遠足前の子供のように眠れなかったというのは、彼女にはいえない理由だ。
「そう? でも、走ってきてくれてありがとう。さ、行きましょう」
エリーの差し出した手に掴まって、諒はゆっくりと彼女の歩調に合わせるように歩き出した。
別にどこへ行こうと決めていた訳ではない。
あの事件以来、久しぶりにゆっくり出来る時間が取れたので一緒に街を歩いてみようと思ったのだ。
「元通りね、何もかも」
「ああ、そうだな」
街を歩いていてもモンスターが現れる事はない。
ただ、今でも呼び出すことの出来る『もう一人の自分』が、あの事件は現実だったのだと教えてくれる。
「ねぇ、アラヤ神社へ行ってみましょう」
エリーは神社へ向かう路地を指差し、諒の手を引っ張る。
「ああ」
その提案に諒は彼女に笑顔で答えた。
「不思議な神社だ...」
実は事件が終わった後も何度か寄ってみたが、諒は参拝者の姿を一度も見かけた事がない。
お堂の中には相変わらず数々のお面が飾られていた。
「ですわね。裏手にはアラヤの岩戸がありますし...」
エリーの言葉に諒はあの時の事を思い出す。
麻希とたったふたりで入った岩戸。
魔法しか効かない、感情を彫りこんだ仮面たち。
その途中で出会った『もうひとりの自分』
いつだって、彼は、いや彼らは自分の心の中にいる。
そして、『自分』が心の闇に負けた時、彼らは嬉々として『諒』となるだろう。
「Ryo?」
考え込んでいた諒が、声にハッと顔を上げるとエリーが心配そうに覗き込んでいた。
「...いや、なんでもない。少し思い出していただけだから」
諒は微笑んだ。
「よかった」
彼の答えに、エリーも微笑を浮かべる。
大丈夫だ。この笑顔があれば、自分は今の『諒』でいられる。
諒はそう思い、もう一度笑った。
「さ、そろそろお昼を食べに行こう。エリーは何が食べたい?」
諒とエリーは連れ立って、神社を後にする。
その後姿を見送るように、金色の蝶が街の空へと飛んで行った......