[ 未来は誰のために ]

[ 高機動幻想 ガンパレード・マーチ ] それが世界の選択だから。
WCOP受賞後。

 WCOPを貰ってしばらくが経った、四月の半ば。
 厚志は周囲に奇妙な視線を感じるようになった。
 今日も付かず離れずついて来る。それに気付いた彼は、口元に笑みを浮かべた。
 瀬戸口あたりが見たら、確実に眉を顰める『微笑』だった。
「午前中は自主休講にしよう」
 厚志は、学校へ向かっていた足を方向転換させた。
 人気の少なくなる場所を探して。

 しばらく歩いて、図書館の裏庭で厚志は足を止めた。
「すみませんが、用件があるなら手早くお願いできませんか?」
 首だけで振り返り、後ろの気配に向かって声をかける。
「ここなら他の人もいないし。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」
「......さすが、芝村というべきか?」
 厚志の言葉に現れたのは、普通の私服を着た人たちだった。
 サラリーマンの格好をした者もいれば、トレーナーにジーンズといった格好の者もいる。
「へぇ、黒一色かと思ってたのに」
 厚志は彼らにニッコリと笑いかけた。
 彼の本性を知る者が見たら、裸足で逃げ出す笑顔だ。
「それで、僕にどんな御用で?」
「芝村の一族になった事を後悔してもらおう」
「その件については拒否させてもらうよ」
 厚志は、もう一度ニッコリと笑った。

「今日は速水のやつは休みか」
 瀬戸口は窓際の一番前の席を見る。
 そこは昼休みになっても空席のままだった。
「お姫さんは何か聞いてないかい?」
 一つ後ろの席に座る舞に尋ねるが、返ってきたのはこの上なく不機嫌な声だった。
「......知らぬ。第一、何故私が速水の行動を把握しておらねばならんのだ」
「おいおい。パートナーだろう?」
「知らぬと言ったら、知らぬ」
 呆れたように言う瀬戸口に、舞は繰り返した。
 そこへ、噂をされていた人間が飛び込んできた。
「噂をすればなんとやら、か」
 珍しく息を乱している厚志に、瀬戸口は微苦笑を浮かべる。
 が、彼が近付いてきた途端に表情を凍らせた。
「......速水」
「ん? どうかした?」
 ぽややんと微笑む彼から、嗅ぎなれた匂いがした。
「......いや。何でもない」
「変な瀬戸口君」
 諦めたように首を振る瀬戸口に、肩をすくめると厚志は舞を振り返った。
「舞。お昼ご飯、一緒に食べない?」
「まかせるがよい」
 舞は不機嫌そうに頷く。
 でも、厚志は知っている。
 舞の頬がちょっとだけ染まっていることを。

 放課後、仕事が始まる前に、瀬戸口は厚志を呼び止めた。
「どうかしたの? 瀬戸口君」
「今日の午前に何をしてたんだ」
 ぽややんと笑顔を見せる厚志に、瀬戸口は苦々しげに言う。
「......やっぱり、気付いてたんだ」
 厚志は困ったように笑った。
「当たり前だ」
 あの嗅ぎなれた鉄の錆びたような匂い。
 間違えることも出来ない、血の匂い。
「ちょっと絡まれたんだ。芝村の一族が嫌いな人たちに」
 銀剣突撃勲章は数知れず、黄金剣突撃勲章と黄金剣翼突撃勲章を立て続けに受賞し、もっとも絢爛舞踏に近い者。
 そんな厚志に生身で挑んだ相手に、瀬戸口は呆れるを通り越してある種の感動すら覚えた。
「僕が好きなのは舞で、芝村の一族なんて関係ないのにねぇ」
 軽く肩をすくめる厚志に、瀬戸口は相手に思わず同情した。
 彼らは身をもって、人は見かけで判断してはいけないという事を学んだに違いない。
「まあ、あんまり休んで、お姫さんに心配かけるなよ?」
「うん、僕も頑張らないとね。瀬戸口君も、舞には内緒にしておいてね」
「ああ。それより、早くこの突き刺さる視線を何とかしてくれないか、バンビちゃん」
 瀬戸口はハンガー前から送られてくる強烈な視線に肩をすくめる。
「はは......そうだね。じゃ、お先に」
 大切なカダヤのところへ駆け寄る厚志を見送り、瀬戸口は小さくため息をついた。

「い、いひゃいひょ......」
 頬をぐにっと伸ばされた厚志は、涙目で訴えた。
「当たり前だ、痛いようにしてるのだからな」
「うー」
 漸く離してもらえた頬を撫でる。
「午前中の授業はサボる、仕事には遅れる。たるんでいるぞ」
「......ごめん」
 厚志は、しょぼんと項垂れて上目遣いに舞を見上げる。
「う......」
 卑怯者め、と舞は思う。
 彼女がこの表情に弱いと知っているに違いないのだ。
「ま、まあよい。今後は気をつけるのだぞ? よいな」
「うん」
 頷き、蕩けるような微笑を見せる厚志に、毎度敗北してしまう自分が少し情けないとも思う。
「......舞?」
「な、なんでもない! 仕事に行くぞ」
 舞は真っ赤になった顔を見せないように、厚志に背を向けハンガーへ走り去る。
「あ、待ってよ。おいていかないでって、約束したじゃない。芝村は約束を守るんでしょ?」
 その言葉に、舞は厚志を待ち、二人並んで歩き出す。
「ねぇ、舞は僕がHEROだったら、嬉しい?」
「二度も同じ事を言わせるな。......当たり前だ」
 少し照れながらも返してくれた彼女の答えに、少年は柔らかい穏やかな微笑みを浮かべる。
「ありがとう、舞」

 歴史に五人目の絢爛舞踏として登場し......物語を必ず『めでたしめでたし』で幕を閉じてみせる。
 未来はいつだって彼女と共にあるのだから――――