[ 夏祭 ]

[ 高機動幻想 ガンパレード・マーチ ] それが世界の選択だから。
???戦後。

 もうすぐ暑い夏になる。
 厚志はベッドに転がって、蒼く晴れ渡った空を見上げていた。
 経過は良好。退院の日も近いだろう。

 そう言えば、看護婦さんが近々夏祭りがあるって言ってたっけ......
 厚志はそんな事を考えながら、大切なカダヤがやってくるのをまどろみながら待っていた。
 そして、仕事を終えてやってきた舞は、まんまと厚志の言葉の罠にはまったのだった。

 夏祭り。
 神社の境内には様々な屋台が並び、美味しそうな匂いをさせていた。
 その中を厚志と舞は浴衣姿で歩いていく。
 濃紺の浴衣を身に纏った厚志がいつも通りぽややんな笑顔で歩いているのに対し、舞の方は眉間に皺を寄せて手にした巾着をまるでヌンチャクのようにグルグルと勢いよく回している。
「舞、せっかくのお祭りなのに、そんな顔はめーでしょ?」
 微笑む厚志の台詞に、舞は殺気の篭もった視線を叩きつけた。
「確かに私は祭りへ行くと約束した。だがっ! こんなものを着ると約束した覚えはない!」
 舞は白地に赤い金魚が描かれた浴衣を示す。
「えー? お祭りにはやっぱり浴衣でしょ?」
「着ていない者の方が圧倒的に多いのは何故だ」
「世の中には風情を理解しない人たちが増えたって事だね」
 普通の人間なら裸足で逃げ出してしまうほどの殺気を、色んな意味で普通ではない厚志は軽く受け流してしまう。
「その浴衣は舞によく似合ってるから、いいじゃない」
「......その言葉に嘘は無いだろうな」
 先ほどから人の視線を集めている理由を似合っていないからだと思い込んでいた舞は、不信の眼差しを厚志へと向ける。
「本当だよ。それとも、僕の事がそんなに信用できない?」
「自分の胸に手を当てて考えてみるが良い。......まあ、今回は信じてやらん事も無いが」
 この素直じゃないお姫様が、厚志は大好きだった。
 さり気なく手を握って歩き出す。
「お参りが済んだら、色々見て回ろうね」
「あ、ああ......て......」
「手がどうかした?」
 ぽややんと笑う厚志に、舞は反論する気を無くした。
 周囲の者も気にしている様子はないし、何よりこの人出だ、はぐれてしまったら大変な事になる。だから、しかたなくだ。
 心の中で必死に言い訳をしている舞を、厚志は優しく見つめて小さく笑った。

「さ、お参りも済んだし。夜店を見に行こう。来る途中に、飴細工のお店とかあったよね」
「ふむ。あの技は見事だった」
 色とりどりの飴を組み合わせ、動物や人の姿が作り出されていく様に思わず足を止めてしまった。
「じゃあ、猫でも作ってもらう?」
「......残酷な奴だ。私に猫を食べろというのか?」
 少し考えた後、舞は渋面で厚志を見つめる。
「はは......そうだね。じゃあ、あれは見るだけにして。あんず飴にしておこうね」
 普通なら、可愛いと言って食べるものなのに。
「どうした?」
「ううん。何でもないよ」
 厚志はそんな舞が大好きだった。
 二人はあんず飴を片手に他の夜店を回っていった。

「む」
「ん? どうしたの? ......あ」
 急に足を止めた舞の視線の先に、厚志はガラス細工のお店を見つけた。
「あれなら、猫を買っても食べなくていいね」
「笑うな。しかし......確かにそうだな」
 この店を簡単に買い占められるだけのお金を持ってるのに、舞は店先に並ぶ小さな動物たちを一つ一つ真剣に吟味し始める。
 厚志もその隣で同じように細工物を眺めた。
 猫や犬を始め、図鑑でしか見たことのない虎やライオン、イルカまで居る。
「いつか、本物のイルカに会えるといいね......」
「無論だ。いつか必ず会いに行こう」
 舞は全て一つずつ買い込む気らしい。既に小さな籠には動物達が山積みになっていた。
「家に小さな動物園が出来てしまいそうだね」
「ふふ......まあ、よい。それも楽しいではないか」
 店主に包んでもらうのを待つ間、舞と厚志は並んで祭りを楽しむ人たちを眺めていた。
「だいぶ、人が増えてるね」
「うむ。疎開していた者達も帰ってきている。活気が出ているのは、その為だな。あの従兄殿あたりが調整をしているのだろうが」
「そうだね」
 あまり急激に人が戻れば、物資不足に拍車がかかるだけだろう。
「まあ、でも......少しずつ元の生活に戻れるといいね」
「任せるがよい。お主も努力するのだぞ」
「仰せのままに」
 胸を張る舞に、厚志はぽややんと微笑み答えた。

 まだまだしなくてはいけない事が山のようにある。
 もう病院のベッドで寝てるだけの『休暇』は終わり。
 明日からは、また忙しく楽しい日々が始まる。
 世界よりも守りたい、大切な人の側で―――――