[ 大きな桜の樹の下で ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
泊りで花見。もちろん一杯付き。

 帝都でも三月の終わりに開花宣言がなされ、春を待ち詫びた人々は連日上野や靖国神社などに繰り出していた。
「明日から泊りで花見に出かけるぞ!」
 帝劇では米田の一言で花見を行うことが決定した。

 翌朝、帝劇のメンバーを乗せたバスは一路、郊外へと向かった。
「うわぁ......」
 大神がバスから降りると、目の前には満開の桜が広がっていた。
「ここから少し入った所に温泉があってな。そこの旅館を借りてあるから」
「でも、昨日の今日でよく旅館なんて借りれたな」
 いつもの事ながら加山のこういう手腕には感心してしまう。
「ああ、帝劇に出資してくれている人が持ってる旅館でな。昨日、電話を入れたら気前よく貸してくれたんだ。もうすぐだぞ」

「ようこそ、いらっしゃいました。帝国歌劇団の皆様ですね?」
 一行は旅館の入り口で出迎えを受けた。
「私が、当旅館の女将でございます。お部屋の方へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
 女将の案内で通されたのは、桜の木々に囲まれた離れだった。今の時期は厚い桜の花に包まれ、まるで外界から隔たれた桃源郷の様にさえ感じられる。しかも、この離れには特別に専用の温泉が造られていた。
「こんな良い部屋、よろしいんですか?」
 大神はその景色の良さと造りを見て、思わず女将に尋ねていた。
「ええ。是非、この部屋を使っていただく様にと言われております」
 女将は微笑みながら、湯のみを配っていく。
「...桜湯か。風情だなぁ」
「さくらゆ?」
 アイリスは湯のみを受け取りながら、首を傾げた。
「桜の花を塩漬けをお湯で戻したもの。...熱いから気をつけて」
「ほんと、レニって物知りだね」
 アイリスは笑って、ゆっくりとそれに口付けた。
「女将、準備が整いました」
「ありがとう」
「準備?」
「はい。こちらへ...」
 女将に連れられてやってきたのは、桜の木々の中心、樹齢数百年はあろうかという古木の前だった。そこには、すでに宴会の席が設けられていた。
「こちらへ準備しておく様にと言われておりました」
「相変わらず、手回しの良い奴だ」
 米田は林立する日本酒の数に感心している。
「あれ...?」
 その時、大神は並べられた品々に共通するある事に気付いた。
「あの...ここにある料理、もしかして......全部、桜の?」
「お気付きになりましたか?」
 女将は大神の言葉に微笑んだ。
「あ...!」
 マリアや他の何人かも気付いた様だ。
「桜肉、桜鯛、桜飯、桜海老、桜餅...。それに最初は桜湯......」
「これ、キルシュヴァッサーだ」
 レニは日本酒の瓶の間に置かれていたチェリーブランデーを見つけた。
「それで、最初に気付かれた方にこれをと...」
 女将が差し出したのは、奇麗なピンクのイヤリング。
「桜貝......」
 大神はここまでの桜づくしに半ば呆れた。
「本当、相変わらずね」
「...まったくだ」
 かえでと米田は揃ってため息を零した。
「まぁ、いいじゃねぇか。そいつのお陰で、こぉんな最高の場所で旨い飯が食えるんだからさ」
 カンナは早速、料理に箸を付ける。
「...まったく、ここまでの事をするその出資者とやらに興味はないんですの?」
「だってよ。別にそいつがどんな奴だろうと、飯の味が変わる訳じゃねえしよ。ここでうだうだ話ししてて、折角の料理が冷めちまうなんて、もったいないじゃねえか」
 今回はカンナの言い分が正しい様だ。皆、顔を見合わせため息を付くと、後は宴会に雪崩込んだ。

「大神ぃ、親友の俺の酒が飲めないのかぁ? はははは」
「寄るな! 絡むな!」
 大神は必死に加山から逃げようとするが。
「あら、大神君。飲んでないじゃない」
「まったくだ。これだけの桜の前で呑まんとは失礼だぞ」
 かえでと米田に捕まってはおしまいである。
「あ?ぁ、捕まっちまった。こりゃ酒が無くなるまで、隊長、こっちには帰ってこれねぇな」
「酒が無くなるまでって...」
 マリアはまだ数十本もある日本酒の瓶を眺めてため息を零した。
「まあ、久しぶりにあたい達も飲もうぜ。花見に来たんだしよ」
 笑いながらカンナはマリアの盃にタパタパと注いでいく。
「二人だけで飲むなんてずるいでーす」
「まったくや」
 織姫と紅蘭もおちょこを持って笑っている。
「あまじゃけもありまひてよぉ」
「...誰だよ。こいつに飲ましたの」
 すみれに背中にしなだれかかられたカンナは、げんなりとした表情を見せた。
「すみれさん、自分から飲んでましたよ」
「それにレニも」
「え?」
 アイリスの言葉にマリアとカンナはレニの方を振り向いた。
「このキルシュヴァッサー、悪くない」
 レニはグラスに氷を浮かべて琥珀色の液体を口にしていた。
「あー! それ、あたいも狙ってたんだぞ!」
「...カンナ、問題点がずれてるわ......」
「マリアー。これはアイリスも飲んでいいんだよね」
 額を押さえるマリアにアイリスは甘酒を見せる。
「え、ええ。それは大丈夫よ。...それで酔えるのはすみれくらいだわ」
 マリアは大神の苦労が少し解った。
 宴会は陽が落ちるまで続けられた。

「はぁ...、いい湯だなぁ」
 夕食後、大神は露天風呂に向かった。湯船にも桜の花片が舞い落ちていて、なんとも言えない風情をかもし出している。
「俺はお前と温泉に入れるなんて、幸せだなぁ?」
「...さ、あがるか」
「大神ぃ、親友の俺にそれはないなぁ」
「だから、寄るなって! ...ったく、風呂くらい静かに入れよ」

 一風呂浴びた大神が戻ってくると、部屋にはマリアしかいなかった。
「あれ? 他の皆は?」
「まだ、お風呂です。いいお風呂ですから、皆ゆっくりなんですよ」
「なるほど...。...マリア、もう一度桜を観に行かない?」
 鬼の居ぬ間のなんとやら。大神はマリアを湯上がりの散歩に誘ってみる。
「はい」

「夜桜というのも風情がありますね」
 木々の所々に灯篭が立ててある演出も、おそらく例の出資者だという人の心遣いなのだろう。柔らかな灯りに照らされた桜は、まるでそれ自体が発光している様にも見え、昼間とはまた違った幻想的な美しさを見せていた。
「ああ。酔ってる人もいないしね」
 大神は桜を眺めてしみじみと呟いた。
「ふふふ。隊長、昼間は大変でしたからね」
「あの量を飲んでも、三人とも潰れないなんてなぁ...」
 そういう彼も潰れてはいなかった。日頃の努力の賜物か...?
「やっと落ち着いて桜を見ることが出来るよ」
 ござがまだ敷かれたままだったので、大神はそこへ転がった。視界を覆うように桜の枝が広がる。その彼の横へマリアはそっと座った。
 夜になって少し風が出てきたようだ。舞い落ちてくる花片も多くなっている。風に揺れ、見事な枚をみせる古桜の枝ぶりは流石としか言いようがなかった。
「...そは夜の闇を舞う天女の様に...地をゆく人へと舞い降りる......。桜にはね、精霊が住んでいて、気に入った人を連れていくんだってさ」
 しばらく桜を見上げていた大神は思い出したように話し出した。
「...大神さんは気に入られたりしないで下さいね」
「...マリア、桜の精霊は男だよ。幾ら何でも御免被る」
 大神は隣にいるマリアに笑いかけた。
「だから、俺がマリアに言いたいくらいだよ」
 大神はそっとマリアを抱き寄せ......
「おーい! 大神ぃ!」
 る事は出来なかった。
「加山! それに、皆も......」
 酒瓶を抱えた加山を先頭に皆が歩いてくる。
「お兄ちゃん、ずるーい!」
「あたい達だって夜桜見物したいんだぜ? 誘ってくれてもいいじゃねぇか」
「夜桜には夜桜の良さがありますものね」
 大神は加山に感謝すべきかもしれない。あそこでマリアを抱き寄せたりしていたら......、想像するのも恐ろしい。
「...よし、今日は飲むぞぉ!」
「おー!」
 こうして、大きな桜の樹の下で、春の夜は更けていく......