[ Πоздраляю вас с Новым годом ]

[ サクラ大戦 ] 太正櫻に浪漫の嵐。
A HAPPY NEW YEAR !!

 年末も押し迫った十二月二十九日。大神は大掃除に借り出され、帝劇中を走り回っていた。
「大神さん、売店の片付け手伝ってください」
「それが終わったら、事務局のほうもお願いしますね。大神さん」
 女性陣の頼みを断れるはずもなく、大神は朝からずっと働き詰めだった。こういう時に限って『親友』は姿を見せない。それでも何とか昼までに片付けを終えた大神が自室へ戻るとすぐに扉を叩く音がした。
「はい?」
「お疲れ様です、隊長。そろそろお昼にしませんか? 皆、待ってますよ」
「もうそんな時間かい? 今日は時間が経つの早いなぁ」
 時計に目をやりぼやく大神にマリアは笑いを零した。
「隊長、朝から人気者でしたからね」
「......嬉しい限りです」
 少し休みたいところだが、午後はおせちの材料を買いに出る予定が入っている。それを聞いたマリアは同行を申し出た。
「いいのかい?」
「ええ。私の仕事は明日のおせち作りですし」
「マリアが作るの?」
「いいえ。私はかえでさんとさくらの手伝いです」
 料理の得意なマリアだが、さすがにおせち料理まではマスターしていない。
「俺も時間があったら手伝いに行くよ」
「はい」

 食事を終えた二人は玄関で待ち合わせをして買い物に出かけた。
 商店街に着くと、彼らと同じように新年を迎える用意をする人々でごった返していた。
「凄い人出だな。はぐれない様にね、マリア」
「はい」
 大神は持ってきたメモを片手に必要なものを買い揃えていく。すっかり馴染みになった店主達と挨拶を交わしながら、通りを抜ける頃には大神の腕に山ほど荷物が抱えられていた。
「よし、これで全部かな」
「そう...ですね」
 大神の抱えた袋の中身を見てマリアは頷いた。
「マリア、悪いんだけど少し休んでもいいかな?」
 さすがの大神も大量の荷物に音を上げた。マリアも人込みの中を歩き回った所為で疲れていたので反対はしなかった。
 二人は帝劇の帰り道にある喫茶店で一服することにした。
「帰ったら明日の餅つきの準備だよ......」
 大神は珈琲を啜りながらため息を零す。師走のこの時期、唯一の男手である彼が引っ張りだこになるのは仕方がない。マリアはそう思ってカップの陰で苦笑いした。
「頑張ってくださいね」
「はい......」
 のんびりしたい所だが、そうもいかないのが年末である。珈琲を飲み終わると、二人は早々に帝劇に戻った。
 厨房へ荷物を運び込むとさくらとかえでが待っていた。灰汁抜きなど今日から準備しておくものもあるからだ。
「お疲れ様、大神君。重かったでしょ」
「これで全部ですよね?」
 大神はもう一度確認する。量が量だけに買い忘れているものがあるかも知れない。
「ええ。大丈夫です」
 中身を出していたさくらが並べたそれらを見て頷いた。
「では、俺はこれで失礼します」
「はい。大神君も頑張ってね」
「...はい」
 よろよろになりながらも大神は地下の倉庫へ向かった。そこに明日使う杵と臼がある。それを中庭に運ぶのが、今日の最後の仕事だった。

 次の日。
「......おい」
「どうした?」
「どうして...俺がこっちなんだ?」
 大神は眉の間に皺を寄せて加山に訊ねた。
「決まっているじゃないか。お前が俺より器用じゃないからだろう」
 その一言に。
「...餅ひっくり返すくらい俺にも出来る!」
 大神は割烹着と三角巾に身を包んだ加山に杵を持って詰め寄る。
「まぁまぁ、早くしないともち米が冷たくなってしまうぞ?」
「くっ...」
 完全に準備を整えてにこやかに笑っている加山に怒りを覚えながらも大神は杵を振り上げた。これをこいつの頭に振り下ろせたら...と思いつつ。
「よっ」
「ほい」
 二人がタイミングよく餅つきをしていると、花組の面々が中庭へ集まってきた。皆、少し疲れたので休みを兼ねてのようだ。
「なんですか?? この白いねばねば。まるでスライムでーす」
 餅を初めて見た織姫は臼の中の白い物体に興味津々だ。
「餅...糯米を蒸し、臼でつき潰して種々の形に作ったもの。多く正月、節句や祝い事につく。初めて見る。おいしいの?」
 レニも知識として知ってはいても、食べるのは初めてのようだ。
「ははは。レニ君、つきたての餅ほど美味いものもないぞぉ」
「そうなの? 隊長」
 加山の言葉にレニも心惹かれたようだ。
「...食べてみるかい?」
 そろそろいい頃合いだ思っていた大神は杵を置き、レニに微笑みかけた。
「...うん」

「アイリスもー!」
「私も食べたいでーす」
「雑煮と飾り餅用を除けて......」
 打ち粉をしてあるテーブルで取り分けると大神は残った餅を小さく千切ってお皿に載せた。その間に厨房から調味料各種を持ち出した加山が戻ってくる。
「こんなもんでいいかな?」
 海苔、醤油、砂糖、きな粉、餡子。彼は用意された餅に適量ずつ添えていく。鼻歌交じりの作業に大神は肩を落としてため息を吐いた。
「おいしいかい?」
「...うん」
 レニはあっさりとした海苔巻きが気に入ったらしい。
「それはよかった」
 加山に呼ばれたのか、おせちを作っていたかえでとさくらも中庭に姿を現した。
「あれ、マリアは一緒じゃないんですか?」
「マリアは火の番をしてくれてるのよ。それで大神君にお願いがあるんだけど」
 差し出された小皿には磯部巻きにされた餅が載っていた。

「マリア」
 厨房で鍋の様子を見ていたマリアは大神の声に振り返った。
「隊長。お餅つきは終わりましたか?」
「うん。それで、これはマリアの分」
 差し出した小皿の代わりに菜箸を受け取る。鍋の中では着々とおせちの品々が出来上がっていた。
「おいしい?」
「はい」
 つきたてのお餅を口に運ぶマリアの表情は子供のようで、大神はつい口元が緩んでしまう。
(でも、ここで可愛いとか言うと怒るんだろうなぁ...)
「隊長?」
「ん? いや、何でもないよ」
 マリアに見蕩れていた大神は鍋に意識を向ける。
「今年ももう終わりなんですね」
「...そうだね。あっという間だったような気がするな」
 それだけ忙しい一年だったという事だろう。苦しく、そして楽しい一年だった。
「こうしてのんびりしてられるのが『一番』だよ」
 もちろん側にマリアがいる事が必須条件だったけど。
「そうですね」
 それはマリアにとっても同じ事で、今この時間が彼女はとても嬉しかった。
「明日は年越し蕎麦を食べたら皆でお参りに行くんだよね。初日の出が見られるといいんだけど」
「ええ。アイリスもお昼寝を一杯して絶対に起きてると言っていますし」
 マリアはそう言っていたアイリスを思い出し、微笑みを見せた。が、もう一つ思い出してため息を零した。
「でも、支配人は今からお屠蘇が楽しみだそうです」
「............」
 大神は何も言う気を無くしてしまった。彼としてはその場で飲み比べが始まらないのを祈るばかりだった。

 そして今年最後の日。
「いただきまーす」
 夜十時をまわった頃、出来上がった年越し蕎麦を全員で食べる。
「うめぇ!」
「あ?ら、カンナさんは胃に入るものでしたら何でも美味しいのではなくて?」
 そう言うすみれも蕎麦を口にした瞬間、おいしいと呟いてカンナにからかわれていた。
「でも、本当に美味しいですね」
「関西風のおだしで作ってあるから薄味だけど、お蕎麦の味がしっかりしてるから」
 さくらに説明するかえでの隣で加山も蕎麦はいいなぁなどと言いながら箸を動かしている。
 女性陣が晴れ着に着替えると言うので、後で玄関に集合という事になった。一旦部屋に戻った大神は外出着に着替え準備をすませる。他にする事もないので早めにロビーへと向かった。
「いよぉ、大神ぃ」
 現れた加山の姿に大神はがっくりと肩を落とした。
「...なんだ、その格好は」
「日本の正月といえば紋付袴だろう。どこか変か?」
「...いや、いい。お前も行くのか?」
「勿論だ。月組隊長として重要人物の護衛は欠かせん」
 力一杯に説く加山だが、私情が入りまくっているのはバレバレである。
「そうだな。みんな着物で行くしな」
「ふっ、大神。副司令は何を着てもお似合いになる方だぞ」
「......ああ、そう」
 こうまで言われると呆れるしかない。
「お兄ちゃーん!」
 その声に二人が振り向いた先には......
「これはこれは......」
 加山は玄関に集まった皆に歓嘆のため息を吐いた。
「へへ、似合ってる?」
「ああ。よく似合ってるよ」
 袖にぶら下がってきたアイリスに大神は感想を言った。
「着物ってくるしーでーす」
「でも、とても綺麗だよ」
 大神の言葉に織姫もまんざらでもなさそうだ。
「レニは平気かい?」
「このくらいなら...」
 大神に優しく頭を撫でてもらったレニはくすぐったそうに答えた。
「副司令もよくお似合いです」
「ありがと。加山君もよく似合ってるわよ」
 加山がその後舞い上がっていた事を付記しておく。
「さ、行こうか」
「はーい」

 何処からか除夜の鐘が聞こえてくる。その中を他の参拝客と混じって神社へ向かう。百八の鐘が鳴り終わる頃には神社に着くことが出来た。
「うわぁ...、はぐれない様にってのは言うだけ無駄かな? これは」
 大神は目の前に広がる人の波に軽く額に手を当てた。
「とにかくはぐれたら帝劇まで戻る事。アイリス、レニ、私から離れないでね」
 かえでの言葉を聞きながら加山に目をやると、その背中は少し哀しそうだった。

「マリア、大丈夫?」
 以前浴衣を着たときより慣れてきているマリアだが、大神は隣に並んで彼女の手を取った。そして、少し歩くペースを落とす。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「マリアはそう言ってすぐ無理をするから」
 マリアも大神には弱い。降参の微笑みを見せた。
 人込みをかき分け賽銭箱へと辿り着く。
「よっ」
 二人並んで小銭を投げて柏手を打つ。

 守りたいものがあります。例え、この手を血で濡らしても。

「よし」
「随分熱心にお祈りしたんですね。何をお祈りしたんですか?」
 真剣な大神の顔を見ていたマリアは訊ねてみた。
「ん? 秘密」
「隊長!」
「さ、おみくじでも......」
 むくれるマリアの手を引いて社務所へと向かう。おみくじを貰って一喜一憂した後、二人は近くの樹の枝に結び付けた。
「すっかり皆とはぐれちゃったね」
 はぐれない様に気をつけていてもこの人込みでは不可能に近い。それに今日の大神は確信犯だった。
「そうですね。少し見て回ったら帝劇に戻りましょうか」
「...初日の出」
「は?」
「初日の出を見に行こう」

「隊長...いいんですか?」
「今日くらいは大目に見てもらおう」
 まだ夜明けまでは時間がある。二人は海岸ぞいまで出てきていた。同じように初詣をすませた人達がちらほらと集まっている。
「それから...その、言うのが遅くなっちゃったけど。......とても似合ってる」
 皆が晴れ着で現れた時、大神の目を釘付けにしたのはただ一人だった。
「あ、ありがとうございます」
 マリアは日がまだ昇っていないことに感謝していた。明るかったらきっと真っ赤になった顔を見られていただろう。
 暗いのをいいことに大神はマリアを抱きしめ軽くキスをした。
「隊長!」
「あ、ほら。明るくなってきたよ」
 大神の言う通り、海と空の狭間がうすうらと白くなってきていた。
「マリア」
「何でしょうか?」
 すっかり御機嫌を損ねてしまったらしいマリアに大神は微笑んで続けた。
「Поздравляю вас с Новым годом」
 マリアは驚いて大神の顔を凝視してしまった。
「えっと...一生懸命調べてみたんだけど。合ってるかな?」
 大神はマリアに見つめられて照れくさそうに鼻の頭をかいた。
「わざわざ私のために?」
「......うん。マリアに一番最初に言いたかったんだ」
「...Спасибо.Поздравляю вас с Новым годом」
 マリアは泣き笑いの表情で大神に答えた。
「今年もよろしく」
「こちらこそ」
 初日の出を眺めながら二人は笑いあった............