シフクノオト

[ Fate/stay night ]その日、運命に出会う。
ばりばり捏造。セイバーGOODEND。
 運命に出会ったあの冬の日。
 あれから二ヶ月。

 始業式も無事終わり、家路につく。
 今日はこの後、イリヤを連れて再び学校へ向かう予定だ。
「ただいまー」
 誰もいない家の玄関で靴を脱ぐ。
 少し前までは出迎えてくれる人がいた。
「お帰りなさい。シロウ」
 だから、こんな幻聴が聞こえるのだ。間違いない。
「未練…残ってるのかな」
 ため息が零れる。
 誰にもあいつの代わりなんて出来ない。

 未練はない。

 遠坂に言った言葉に嘘はない。
 それでも、心の中に穴が空いている。
 この穴が埋まる事はないだろう。
 開けた本人が捨て台詞に似た告白を残して、彼女の時間へと戻っていってしまったのだから。
 言い逃げとは卑怯な。
 本人が聞いたら怒って訂正しろと言われるような事を考えてみる。
 返事なんて決まっているのに。

――――衛宮士郎はお前を愛している――――

 この一言を伝えられなかった。
 その事を少しだけ悔やんでいる。
 だって、もう、どう頑張っても伝えられない。
 考えるだけで、ズキリと胸の奥が痛む。
 涙しそうになるのを必死で耐える。
 涙に気付かれたら最期。あかいあくまの蹴りを喰らう事を覚悟しなくてはならないだろう。

 ため息をついて、振り返り……目の前の光景に、息を飲んだ。
「シロウ? どうしました?」
「………セイバー…?」
 そこには、あの黄金の光の中で別れたはずの彼女が立っていた。
「シロウ!?」
「っ……」
 思いっきり頬を抓ってしまう。
 これは夢のはずなのに……
「痛い」
「当たり前です。ああ……赤くなってしまっていますよ」
 心配そうに伸ばされた手が、俺の頬に添えられる。
 ――――温かい。
「セイバー……?」
 限界だった。
 頬に添えられた手に触れれば、剣を握るものとは思えない柔らかさで。
 空いていた腕で抱き寄せれば、戦うものとは思えないしなやかさで。
「セイバー……ッ」
 彼女が側にいると感じるだけで、埋まっていく心の隙間に、涙を止めることなど出来るはずもなかった―――

「まったく……すっかり二人の世界に入っちゃったじゃない」
 玄関で抱き合う二人を見て、少女はちょっとむくれたように、隣に立つローブをまとった老人を見上げた。
「あの頑固者にとっての理想郷は、あのような時の止まった場所ではなかったという事じゃ。あの者の『全て遠き理想郷』は、あの不器用な青年の隣じゃったと。ふふ……頑張った者には、それ相応の報酬を受け取る権利がある。……そうは思わんかね? 白いお嬢さん」
 大魔術師は悪戯に成功したような子供のような笑顔を見せる。
「まあ、シロウが幸せになってくれるなら、他の事はどうでもいいんだけど。私もセイバーの事、好きだし」
 白い少女は、もう一度寄り添う二人を見て、小さく肩を竦めた。

「落ち着きましたか? シロウ」
「あ、ああ。うん。その……ごめん」
 彼女の顔をまともに見ることが出来ない。
 ……つい、さっきまで抱きついて、子供のように泣いていたからだ。
「いかんな」
 そんな俺に、断言するように言ったのは、見知らぬ爺さんだった。
「そこは謝るところではなかろう。女性の胸を借りたのだ。ここは、『ありがとう』というべきではないかな? 少年。あまり、『ある』とは言いがたいとはいえ」
「…………メイガス」
 うわ、殺る気だよ。
「ちょ、ちょっと待て。セイバーがメイガスって呼ぶって事は……」
 この爺さんもしかして。
「ええ。そうです。彼が魔術師マーリンです」
 セイバーがため息をつきながら教えてくれる。
「じゃあ、もしかして……セイバーを連れてきてくれたのは……」
「ふむ……まあ、ひとりでという訳ではない。それに、何より……王自身が望んだのでな」
 老魔術師はチラリと、セイバーを見つめて微笑んだ。
「初めてでな。王に、個人的な望みを言われたのは」
「……メイガスッ! そのような話はいいでしょう! それより、シロウ。そろそろ出かけなくてはいけないのでは?」
「あ? ああっ! もうこんな時間かっ!」
 時計を見ると、約束の時間が迫っていた。
「イリヤ、準備できてるか?」
「当然じゃない、シロウ。早くしないと置いてくよ」
「セイバーも、出れるか?」
「はい。……では、メイガス。留守番をよろしく頼みます。何かした時は、今度こそ容赦しませんからそのつもりで」
「気をつけて言ってくるといい」
 大魔術師は、軽く手をふって請け負った。
「あ、え? じゃあ、お願いします」
 セイバーに腕を引かれながら、大魔術師にそんな事を頼んでもいいのかと考えてしまった。

 桜の舞う道を歩きながら、前を行くイリヤを見つめる。
「イリヤスフィール、あまりはしゃぐと危ないですよ」
 舞い散る花びらの中を踊るように歩くイリヤを、心配そうに見つめるセイバー。
「そういえば、セイバーは『セイバー』のままでいいのか?」
 聖杯戦争は終わったんだ。
 彼女は、もう『セイバー』ではないはずだった。
「私はどちらでも構いません。この身は、今でもシロウの剣なのですから。……でも…その、出来れば……二人だけの時は…その」
 凛として答えていた彼女の顔が、見る見る赤く染まっていく。
 そんな顔を見せられて、嫌などと言えるわけがない。
「ああ、わかったよ。アルトリア」

 ああ、今、俺は心から笑えている。
 なんたって、目の前の彼女が笑ってくれている。
 だから、きっと俺は最高の笑顔を見せている。

「あ」
 彼女が笑顔だから、すっかり忘れていた。
「どうしました? シロウ。早く行かなくては、本当に遅れてしまいますよ」
 突然、声をあげた俺を、アルトリアが振り返る。
 そんな彼女に、俺は……
「お帰り、アルトリア。また逢えて嬉しい」
 心からの笑顔で告げた。
「……はい。ただいま帰りました、シロウ」

 あの運命の日から、冬が過ぎ、春が巡ってきた。
 今日はきっと忘れられない日になる。
 絶対に幸せになれる、俺の運命に再会した日なんだから――――