道のさき空のふもと

[ Fate/stay night ]その日、運命に出会う。
時にはこんな時間も必要です。

 あの笑顔を見ると、心が温かくなる。

 台所でスイカを切っていた士郎は、庭で花火に興じている面々に目を向けた。
 花火が初めてだと言っていたイリヤと、知識だけはあったアルトリアは、初めて見るそれに目を輝かせている。
 彼女の様子がとても可愛くて、士郎は笑っていた。
 ただ少々、タイミングが悪かったようだ。ちょうど視線を上げた彼女と、バッチリ目が合ってしまった。
 笑われたと思ったらしい本人が、花火を中断してこちらへ向かってくる。
 こういう時の運はないなぁと、士郎は心の中で乾いた笑いを零す。
「シロウ。私が何を言いたいか、わかっていますね?」
「はい……」
 腰に手をあて、まっすぐこちらを見つめるアルトリアに、士郎は身を小さくして項垂れる。
「そりゃ、アルトリアを見て笑ったのは謝る。でもさ、可笑しくて笑ったわけじゃないぞ」
 それでも言う事は言っておかねば。
 例え、怒ったアルトリアがとても怖いとしても。
「では、何故です」
 明確な答えを貰うまで一歩も引かない構えのアルトリアに、士郎ははっきりと言った。
「アルトリアが可愛いなと思ったら、笑ってた」
「な……っ!」
 みるみるうちに紅く染まるアルトリアを見ていた士郎は、この顔も可愛いなぁと思ってしまう。
「わ、私は可愛いなど……」
「なんでさ。アルトリアは可愛いぞ?」
 コレだけは間違いない。
「そんな事を言う人はシロウだけです」
「シロウ、アルトリアの事が大好きだもんね」
 アルトリアの背中から抱きついたイリヤは士郎を見上げる。
「イ、イリヤスフィール!」
「そうだな。……イリヤも好きだぞ?」
 士郎はイリヤに頷いた後、彼女の頭を優しく撫でた。
「シロウ……。そうでしたね、シロウはリンもサクラもタイガも好きなのでしたね!」
 アルトリアは怒って、縁側へと戻ってしまう。
「…? 当たり前だろ?」
 家族なんだから。士郎は何故彼女が怒ってしまったのか、さっぱりわからず首をひねる。
「あーあ、もうっ! シロウは女心がわかってないんだからっ!」
「……だから、なんでさ」
 士郎はイリヤに怒られ、ぼそっと呟いた。

「士郎とケンカ?」
「別にそういう訳ではありません」
 戻ってきたアルトリアに、凛はからかうように声をかける。
「そう? さっきとは機嫌が随分と変わってるみたいだけど。……痴話喧嘩?」
「リンッ!」
「またノロケ話だったら、士郎を蹴飛ばしてくるわよ? とりあえず座ったら?」
 凛は隣を軽く叩いて、彼女を座るように促した。

 一方、台所ではイリヤに士郎が怒られていた。
「皆が好きって言うシロウの言葉は嬉しいけど、ちゃんと言ってあげないとダメでしょ?」
「……だから、何を?」
 士郎は本気でわかっていなかった。
「アルトリアが特別なんだって事」
 イリヤは小さくため息を吐く。
「そりゃ、シロウにとってアルトリアが特別なんだって事は、傍から見てもわかるんだけど。後で必ず伝える事」
 士郎にとってアルトリアが特別なのは、ごく当然のことなのだ。
 彼の『剣』は彼女だけなのだ。彼女の『鞘』が彼以外にはありえないのと同様に。
「とにかく。これは『姉』からの忠告。必ずよ? シロウ」
 困惑顔の士郎に、念を押すようにイリアは言う。
「……わかった。後で必ず伝える」
 まだよくわからなかったが、イリヤがここまで言うからには何か理由があるのだろう。
 ここは従う事にしようと、士郎はしっかりと頷いた。
「じゃあ、スイカを食べよう。楽しみにしてたんだ。リン、手伝って」
 縁側で座っている凛を使える辺り、やはり彼女は只者ではないのだ。
「何?」
 アルトリアから話を聞いていた凛も、何かあると思っていたようだ。
「うん。後で、サクラをお願いね?」
 ニッコリ笑ったイリヤに、凛は小さくため息を吐いた。
「あんたも甘いわね。……私を使うと高いわよ?」
 そう言いながら、凛はスイカの乗った大皿の一つを持って行ってくれる。
 何だかんだと言っても、この黒髪の魔術師は優しい。
 口は悪いし、微笑みの裏には黒いものが見えそうでも。
「衛宮君? 何か言った?」
 そう。この微笑だ。士郎は慌てて首を振った。
「じゃあ、シロウ。後は頑張って」
 イリヤはスイカの大皿を持った士郎の腕を軽く叩いて微笑んだ。

 食べ終わって、大河はイリヤに連行されるように家に戻り、凛は桜を連れて風呂へ向かった。
 縁側で涼んでいるアルトリアに冷たいお茶を用意して、士郎は彼女の隣に座る。
「ありがとう、シロウ」
 しばらく、一緒にお茶を飲んで星を見上げた後、士郎は意を決して口を開いた。
「あのさ。俺は皆が好きだし、大切な家族だと思ってるから」
「わかっています」
 アルトリアは自分の声がとげとげしくなるのが解った。
 だが、次の一言でそれが消えていくのも理解した。
「でもさ…。アルトリアは、その……特別だから。好きだし、大切な家族だけど……それだけじゃないから」
「シロウ?」
「いつも思ってるから。アルトリアは特別だって。その……恋人だって思ってるからっ」
 士郎は言うだけ言うと、空になったコップを持って台所へ向かってしまった。
 自分の顔が熱を持ってるのが解る。きっと耳の先まで赤くなってるに違いない。
 さっき見た彼の耳と同じように。
 アルトリアがチラリと彼を見てみると、士郎は台所で後片付けを始めていた。
 その顔が赤いのが容易に想像できる。
 彼女は微笑を浮かべると、縁側から立ち上がった。
「シロウ」
 いつもならしない事をしてみた。
「ア、アルトリア?」
 イリヤがいつもするみたいに背中から抱きついてきた彼女に、士郎は洗っていた皿を取り落としそうになる。
 洗い物の手を止めて振り返った士郎を、アルトリアは改めて抱きしめた。
 顔がまた熱くなるのを感じたが、ちゃんと答えなくてはとまっすぐに彼を見つめる。
「私も……」
「え?」
「私もシロウが特別ですから」
 その答えに、彼はとても幸せそうに微笑んだ。
「ありがとう、アルトリア」
 二人はゆっくりと顔を近づけていった――――

 その笑顔を見ると、心が温かくなる。
 何かが欠けている心の中を満たしていく。
 だから、その存在は『特別』なのだ――――