UnderTheSun

[ Fate/stay night ]その日、運命に出会う。
縁側お昼寝たいむ。

 今日は確かにいい天気だったさ。
 だからって……、こんな反則はないだろう?

 士郎は、金髪の少女を前に切実に思った。

 いつものように学校から帰ってきた彼は、普段なら出迎えてくれる少女がいない事に首を傾げた。
 どこかに出かけているのだろうか?
 まあ、最近は和菓子にはまっているようだし。
 士郎は居間へ向かいながら、小さく笑った。
 ここで決して『食い意地が張っている』などと思ってはいけない。
 『三時のおやつ』が、もれなく『おやつの惨事』に変貌を遂げてしまうだろう。
「帰ってくるまでに夕飯の用意でも……」
 そして、彼は気付いた。
 居間に入ったその時に。
 罠と言ってもいい、その反則に。

 衛宮の屋敷には、庭に面して縁側がある。それはもう日当たりのよい縁側だ。
 猫の昼寝場所に最適だと、お墨付きを与えてもいい。
 そんな場所で、そんなに気持ちよさそうに穏やかに寝息なんてたてないでくれ。
 ……可愛くて仕方がないんだから。

 隣に座って目の前の少女を改めて見つめる。
 気配で目を覚ましそうなのに、今のところ全くその素振りは見えない。
 自分の腕を枕にして眠っているその姿は、まるで猫のようだ。
 切嗣がしていたように、縁側で身体を伸ばして思う。
 確かに、これは昼寝もしたくなる。
「ん……」
 ふと足にかかる重みに視線を動かせば、脚が枕となっていた。
 ……男の膝枕って寝心地悪いと思うんだが。
「まあ、いいか」
 動けなくなってしまったが、悪い気は全くしない。
 いや、むしろ幸せだ。
 縁側から晴れた空を見上げ、脚にかかる重みに幸せを感じつつ、士郎は目を閉じた。

 夕方、いつものように衛宮家にやってきた遠坂凛は、極めて珍しいものを目にする事になる。
「……なによ、これ」
 そこには、家主である赤毛の少年と、彼を枕にした金髪の少女が気持ちよさそうに眠っていた。
 なんなのだ、この能天気さは。
 確かに、聖杯戦争は終わった。
 だが、これはないんじゃないだろうか。『仮にも』魔術師の屋敷で。
 凛は縁側で、それはもう気持ちよさそうに眠っている二人を唖然と眺めてしまった。
「……大体、士郎はともかくアルトリアまで、私の接近に気付かないなんて……そりゃ、反則なくらい可愛いんだけど」
 小さくため息を吐くと、凛は彼らのための毛布を取りに行く事にした。

 呆れたまま、毛布をかけようとした時だった。
 今の今まで眠りこけていたアルトリアがバネ仕掛けのオモチャのように跳ね起きた。
「きゃっ!」
「…? リン?」
 目の前の相手を見て、居間の時計に目をやる。
「ああ、もうこんな時間でしたか。私とした事が寝過してしまったようですね。シロウはまだなのでしょうか?」
 今日はバイトはないと言っていた少年はどうしたのだろう? 今日は彼女より早く帰ってくるはずだ。
「士郎なら今まで貴女の枕になっていたけど?」
 未だ目覚める気配のない少年に毛布を掛けてやりながら、凛は小さくため息を吐いた。
「……え?」
 アルトリアは今まで寝ていた場所を振り返り、唖然とした。
「シロウ……?」
「流石の騎士王も好きな人が相手だと警戒が緩むのかしらねぇ」
「なっ…何を言っているのです、リン! 人をからかうのは止めて下さいっ!」
 アルトリアは首まで紅に染めて反論してくる。普段の色が透き通るような白なので、その変化は見事なものだ。
「事実そうだったんだから、仕方ないじゃない。私が近付くと目を覚ましたんだから。寝顔を見れる距離までは近づけたって事は、まあ士郎ほどじゃないにせよ、私も好かれているってことだし。珍しいものを見せてもらったお礼に、紅茶を淹れてあげるから。ちょっと待ってて」
 凛はとても嬉しそうに笑って、台所へ行ってしまう。
「シロウのせいです……」
 居間に残されたアルトリアは、士郎の寝顔を見つめて彼が起きていたら、なんでさと言われそうなことを小さく呟いた。

「今日の事は秘密にしておいてあげるわ。貸しひとつね、アルトリア」
 特にサクラとかタイガとかイリヤとかにシロウを枕にしていた事が知られた日には、大騒ぎは免れない。
「……不本意ですが、その取引に応じましょう、リン」
 まだ眠っているシロウをよそに、二人は紅茶を手に寛いでいた。
 …と見えるのは表向きで。正しくは、『あかいあくま』による騎士王で楽しむ時間というべきだろう。
「でも、可愛かったわ?。アルトリアの寝顔」
「リン。私とて、心安らぐ時間は必要です」
 お茶請けのクッキーを摘みながら、騎士王はあかいあくまに反撃を試みる。
「そうね。アルトリアは士郎の側が一番心安らぐのよね」
「そ、それは当然です。彼は私の鞘なのですから」
 反撃が失敗に終わろうとした時。
「ん……」
 士郎がゆっくりと身体を起こした。
「漸く、お目覚め? おはよう、衛宮君」
「遠坂? ああ、もうこんな時間なのか」
 時計に目をやった後、何かを探すように視線を動かした彼は、アルトリアを見て微笑みを浮かべた。
「起きていたんだ」
 少し残念。
 士郎は苦笑し、夕食の準備のために、立ち上がろうとして再び苦笑した。
「どうしました? シロウ」
「足が痺れてるんでしょ」
 ニヤリと笑う彼女には、やはり『あかいあくま』の称号が相応しいと思う士郎だった。
「いや、ちょっと違和感があるくらいだ」
「まあ、幸せの重みだもんね」
「む……まあ、そうだな」
 からかう様な凛の言葉に、士郎は少し考えた後、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに頷く。
「どうする。夕食、私が作ってあげようか?」
「いや、このくらいなら問題ないだろ。……それに、遠坂に貸しを作ると取立てが厳しそうだ」
 士郎はそう笑って台所へ行ってしまった。
「弟子の分際で言うようになったわね」
「リン。先ほどの『幸せの重み』とはなんでしょうか? それにシロウはどこか具合が悪いのでしょうか?」
「……あー、そのね」
 凛はチラリと視線をアルトリアに向けた後、天井を見つめる。
 アルトリアは真剣な面持ちで、彼女の言葉を待っている。
 しかし、こんなノロケでしかない話を、何と説明すればいいのか。
 しばらく考えた後、凛は笑顔でこう告げた。
「こういう事は本人から聞いてくれる?」

「今日も一日平和だったわねー」
 縁側から庭をぼんやりと眺めながら、凛は居間で最後のクッキーを摘みつつ、紅茶を飲み干した。
 台所から聞こえてきた何かを落とす音であるとか、傍から聞いていれば痴話喧嘩にしか聞こえない言い合いであるとかをBGMにして―――